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みなさんこんにちワ!講師のデイビットです!
日本国内からのブログ発信と言うことで、eigoTownブロガーとしてはレアな存在となりました。
どうか、みなさん、ご贔屓してくださいね!
今日は自己紹介をいれるので、ちょっと長いかな。我慢して読んでくださいね。
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別に大学の時の最寄の駅が高田馬場だったとか、匂わせ風のネタもありませんし、
自分は理系だ、みたいな、別にいいじゃん、系の自慢?話もありません。
まあ人より下手に人生を歩んできたことだけは確かでしょう・・・
でも最初は「花」だったかもしれません。二重橋前の某生保の5階で働いていましたからね。
まあ、当時はまだバブルでしたので、サラリーマンの「サラ」位しか理解していない時でしたが、人事部は気前よく私をロサンゼルスの駐在員に選んでくれました。
そんな感じで米国滞在を合計しますと、駐在前と駐在期間を合計して約10年をアメリカで過ごしましたが、これが今の私の英語力の基礎となったわけです。
でも、10年ってすぐですよネ!大したことはないんです。ほんとに。
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その後、中小企業の立ち上げに参画するために、ある意味「試練の転職」をしました。世の中、既にバブルははじけていましたが、その会社は一歩遅れのバブルを体験することになりましたので、正直、日本列島が不況にあるなど知らない毎日が続きました。
ここでは人間業ではないアンビリーバボーな貴重な体験もしましたし、それは同時に大変苦難の体験だったとも言えます。(あまりのハードスケジュールの重圧に愛妻は耐えることができませんでした・・・)
私がそこを辞める少し前には、そこの子会社の代表取締役の肩書きをいただいておりました。メルセデスS600を乗り回すライフスタイルでしたね。
会社での評判はあまりよくなかったのか、一時期「コバンザメ」と言われていたようです。今考えると笑えます。たしかに、上の力だけ借りて生きていましたから。
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さて、この私、小学校時代からゲーセンでゴト行為を行ったりとか、結構ワルで、両親には心配ばかりかけておりました。というか、親のありがたみなど近年まで理解していませんでした。そんな両親がほぼ同時期に緑内障による弱視(父)、脳内出血による長期入院(母)、という事件がおきたのです。
まだうっすらとでも見えるうちに父に僕の顔を眺めて欲しかったし、入院中の母の顔はくちゃくちゃにしぼんでました。布団の下からは汚臭がしていました。もう無理だ、と思いました。
東京の生活を引き上げるのに特に未練などありませんでした。生きている両親と住めることの方が一番幸せだと悟りましたから・・・
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まあそんなわけで故郷にUターンしたわけですが、時代は格差社会の真っ只中。西の果てのこの地によい条件の仕事などあろうわけがありませんでした。
一気に東京時代のしっぺ返しを食らったな、ていう感じでした。
それでも根気よくリクルート活動を行い、現在の寅さんライフスタイルが定着したわけです。
誤解しないで下さいヨ!寅さんはぐうたらではありません。飯のために、真剣トークで食っている働き者ですから!
私は現在、予備校や学習塾その他、個人の家庭教師などをしてぎりぎりの生活をしています。
つまり、寅さんと同じ、しゃべってなんぼ、の生活です。
コマがなくなれば、たちまち収入は不安定になります。
一応、ユーモアのセンスがないわけではないので、つまらないことを喋っているわけではありません。(生徒の評価が悪ければたちまちアウトという、きびしい背景もありますので。)
まあ、私はこの道で食えるところまで食おうと思っているわけですが、できれば一発本などを出版できればなあ、などと、あつかましい夢も持っています。
何の本かって?
まず、TOEICで990を取ったら攻略本とか書けないかな、とか思っています。
また、これは勘違いされたら困るのですが、少し?エロな予備校講師の漫画のネタになりそうな脚本も書いてみたいと思っています。かなり問題行動を起こす講師ですよ:予備校近くのスロット屋や飲み屋街でのすったもんだ、女子教務・女子生徒とその親達とのラブコメディー、まじめな授業の部分もあったりして、読んでて、ために?なるところもてんこ盛りです・・・の予定・・・
いずれにしても、このブログでは、面白さや有用性を考慮して、ワンテーマに絞らない形の随筆系に近い形でアプローチしようかなと思っています。
おこがましいですがこのデイビットのブログのファンが一人でも多く増え、またリピーターになってくださることを心より願っています。
デイビットでした!
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