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留学生帰ってから一日が経ちました。
本当は18日(お別れ会)の日にブログ書きたかったのですが、
さみしすぎて無理でした。
お別れ会は私がまた司会・進行を行いました。
フルーツバスケットをやってアイスブレイクした後、
留学生には文化発表をしてもらって
その後は記念品を贈って
みんなで最後の写真撮って・・・
っていう定番のお別れ会。
お別れ会の後は普通に授業に行かなくてはいけなかったのですが、
どうしても留学生をバスまで送り届けたくて
最後まで名残惜しんで留学生達を見送りました。
みんな号泣です。
家に帰ってからは留学生がいないことがすごくさみしくて
家族全員、心がポカーンとしていました。
アメリカで私が去ったときも、私のホストファミリーは
こんな感じだったのでしょうか。
今回の受け入れで留学生には人一倍気を使ったり、
できるだけ希望を叶えてあげようと努力したり、
最大限できることをして日本という国を紹介しました。
学校では、
一日中通訳という立場で頑張りました。
プレゼントもたくさんしました。
会津塗りのお茶碗とお箸。
写真たてとブランケット。
袋いっぱいのお菓子。
プリクラや写真。
J-POPの手作りのC。
寒い時のもこもこスリッパなど
いっぱいいっぱい。
なんだか私は気をつかいすぎて、
最後の方は体調を少し崩していました。
『疲れたー』と思っても、私が好きでやっていること。
留学生の受け入れに全力を尽くしました。
本当の意味で日本を知るには、あえて何もしないぐらいがいいってことは知っています。
けれど、今回の滞在は約一週間ですから
できるだけキレイな日本を見せたかったんです。
そして、
一週間頑張ったら
留学生がいなくなった今、
すごーくさみしい気持ちだけが残りました。
絶対、いつかオーストラリア行きます。
<<<私が留学していた頃>>>
アメリカでの一年という留学の時間は長いようで短くって
どんなに辛くって心が負けそうになっても
私はがむしゃらで毎日過ごしていました。
その中でホストファミリーにはどれだけお世話になっていたことか・・
今になって
もっともっと感謝しておけばよかった、と後悔しています。
私のアメリカの家族、
ありがとう。
『いつか日本に来てください。』
こうやって異文化交流は続いていくんです、
きっと。
平和になっていくんです、
きっと。
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