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今日は終戦記念日。 僕もこっちで戦争について経験したことをお話しようとおもいます。
あれはこっちに来て、半年ほどした時でした。
図書館で見つけた第二次世界大戦について書かれた本を読んでいた時、近くに座っていたお年寄りの方と目が合いました。
少し離れて座っていたのに、僕の向かいまでやってきて、自分の読んでた本を机に叩きつけ一言、
"What the hell is yellow monkey doing here? What are you f**king doing here?"
その時はまだESLに通ってたけど、聞き取るのには問題はなかったので、いきなり言われた事にびっくりして、何と言い返したら分からなんだ。ようやく一言、
"Excuse me, sir?" という言葉が出てきました。
その老人の言葉があまりに汚かったので、英語で全て書きませんが、
「第二次世界大戦での敵国、日本からどうしてアメリカにきているんだ。日本の猿なんかにアメリカの地を踏む権利なんてない!小童が英語を覚えて、スパイでもする気か?!」っと、永遠と言われ続け、僕も同然としていました。
でも、さすがにいわれ続けるのには耐えれず、僕も喋りはじめました。
"I'm sorry, sir, but I am 18 years old. The war ended more than 50 years ago. I know Japan did horrible
things to other countries. But Other countries did the same things. Of course, I have studied about the war
and I know that was horrible. But it's not my fault. I'm not saying I don't care about the war, but I cannot do
anything about it. It's already happened and ended. Nobody can do anything. That's why I AM here
to learn English to understand you and not to make the same mistakes."
その老人はその後も怒り続けてました。図書館の方が止めに入ってくれなかったらどうなってたかって今でも思います。
図書館から、家に帰る途中、言われた事を思い出し、
悔しくて涙が出た。
高校時代のあの先生の一言、「言語を学ぶことが世界平和につながる」っていう意味が痛いほど、その時分かりました。
英語を勉強することで、英語圏の人々と通じ合うこと出来るのは事実。
でも、言語を勉強するっていうのは、心にグサっとくるようなひどい事も理解してしまう、そういうことも一緒にひっ
くるめて経験することなんやと、
その時、ようやく理解したような気がします。
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あなたも浴びましたか、その洗礼を!
私も、アメリカで、インターナショナル夫人の会 とかなんとかいうところに、出向いた時に、ある国の方から、それと同様の洗礼を受けましたよ。
どこの国の方でも、やはりそのタイプはいらっしゃいます。
言われた側は、どうすることもできない無力感と、
『私が』あなたに何をしたというの???
という憤りが残りますが、
歴史が産み落とした腐った生卵を、たまたまそばにいた私の頭にぶつけられたのだ と思うしかすべがありませんでした。
自分が、日本人なのだということが身にしみた瞬間でもありました。
でも、私は、同じアメリカで、こういう経験もしたのです。
娘の通っていた幼稚園で、ハロウィンパーティーがありました。
そこで、たまたま同じテーブルに座った小学2~3年生くらいのアメリカ人の女の子。
彼女は、私にこう言ったのです。
『私は、学校でアメリカが日本に落とした原爆について勉強したの。あなたは、日本人ですか?』
私は、『ええ。日本人ですよ。』
と答えました。
すると、その女の子は、
学習した内容をかいつまんで教えてくれました。
そして、
『アメリカが原爆を落としてごめんさない。私は、二度と原爆を落とさないようにしたいと思うの。』
私は、『本当にありがとう!日本が真珠湾を攻撃してごめんなさい。私は、二度と真珠湾を攻撃しない!私は、あなたと約束するわ!』と応えました。
彼女のその日の仮装は、真っ白な天使のコスチューム。
その写真は、今でも私の手元にあります。
なんだか、私にとっては、本当に天使からの声のように響きましたよ。
そうして、二人とも、心もスッキリ晴れやかにその後のハロウィンゲームに興じたのでした。
こんなに、うれしく未来に希望を抱いたのは、これが初めてでした。
アメリカ滞在中の、たぶん私が死ぬまで絶対に忘れられない経験の一つです。
このときの、主語は、二人とも意識的に『I』を使いました。
アメリカの教育って、すばらしいと思いました。
今、私が日本で子供たちに英語を教えているのは、
何を隠そう、あの女の子との会話が忘れられず、
日本の子供たちにもしっかりとした教育を!
と考えるからでもあります。