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今回は久しぶりに「留学への経緯」をお話します。
高校三年生にもなると、受験勉強!って必死になっとる生徒はたくさん。
僕もその一人、だったと言いたいけれど、決してそうでもなかった気がします。
引退したはずのソフトテニス部に毎日放課後に行っては、後輩をしごきあげる。それが毎日の日課。
でも、もう一つの日課は放課後に色々な先生の話を聞きに行くことやった。
自分自身、色々な方面の仕事に興味があって、どうしようかなぁーーって悩んでて、やっぱりそういうのを相談するのは先生やろっ!って自分で勝手に判断し、暇そうな先生を見つけては、話をしてた。
あの留学のきっかけとなった先生とは毎日のように話をしてて、
ある日、僕が「どうして先生になろうと思ったのか?」って質問を投げかけた。
そしたら、自分の留学時代や大学時代の話、何を生徒に伝えたいかとか色々話をしてくれ、その時、僕の心に残った言葉がありました。
「共通の言語を話すことで、世界中の人と理解し合うことが出来る。そして、世界中の人とちゃんとその言葉を通じて理解し合うことが、世界平和に繋がるんじゃないかな、と私は思うんよ。ほなけん、私は英語の教師になろうと思ったんよ。」
その時、鳥肌が立ちました。
「世界平和」 とっても大きな目標やけど、この徳島の田舎から世界平和を目指すなんて、なんて素敵なんやろって思いました。
その時、英語を大学で勉強しよう、そうしっかり心に決めました。
その言葉はあれから4年たった今でもしっかり頭のどこかにあり、支えになってくれてます。
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はじめまして、豊さん。
今朝このブログを見つけていっきに読みました。
Nothing,nothing and more nothing.
「無知の知」ですね。自分は無知であるということを知っている分だけ、あなたは知である。
高校生の時知ったこの言葉は私にとっても心に残る言葉でした。
アマデウス(モーツァルトの映画)のサリエリが(すばらしい作曲家なのですが)、自分自身はモーツァルトにはかなわないということが分かる才能を神にいただいた!それがわからない無知なら私は偉大な作曲家だと自分のことを思えたのに、と絶望するのです。ちょっと、思い出しました・・・
サラダのこと、おもしろかったです。seasonなんかもシーズニングってカタカナで書いていたらわかるのにね。
ちなみに私も阿波女です。
ほな、またね~