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ブログを読んでいただいている多くの方から、
「なんでアーカンソー?」「どうやって仕事に就いたの?」
という質問を頂きます。
今年で31歳になりましたが、
この10年、色々なことを経験してきました。
ここで少しずつご紹介しようと思います。
上の写真は1999年の秋。
場所はコソヴォ。
実はTBSの番組で戦地に行った事ことがあります。
外務省との共同番組で
レポーターとして選ばれて
コソヴォ難民やNGOの取り組みを調査するために派遣されました。
派遣が決まったのは1999年5月。
内戦が終わったのが7月ですから、
9月にコソヴォを訪れたときには
依然として爆撃があったり、
機関銃などの銃声が聞こえたり、
初めの何日かは眠れないほどでした。
コソヴォへはパリからブダペストを経由して
マケドニアの首都スコピエへ。
そこから国連軍(実際にはオランダ軍)に守られながらの
コソヴォの首都プレステイナ到着。
パリ-->ブダペスト-->スコピエ-->プレステイナ
などと聞くととっても遠いように思えますが、
実際には北海道から九州を少し越える位の距離しかありません。
クルーはTBSのデイレクター1人に、電通社員のAD、
ヨーロッパ在住の日本人カメラマンにドイツ人の音声さん。
上の写真(マケドニア・テトヴォ)の難民の方には、
非難する際の大変さや、将来に対する不安、
長時間にわたってお話を聞かせていただきました。
周りにいる子供たちは
毎日食べるものにも困り、
飲み水も十分に与えられない情況にもかかわらず、
純粋な素敵な笑顔を絶やさずに、
「忍者の世界」からやってきた私を歓迎してくれました。
安全な日本、豊かな日本社会のありがたさが身にしみる旅でした。
(旅の模様は1999年10月10日にTBS-Vから放映されました。)
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このころあまり、連絡をとっていなかったので、急に戦地に行ってきたという事後報告でびっくりしたのを覚えています。
ホンマに無事に帰国できてよかったわ。
ほんとにおとといもテロ未遂があったり、毎日どこかで戦争があって、爆撃あったりの報道があります。
こういうのを読んだり見たりするとホント
今生きてる!!ってことを汗をかきかき実感しますね・・・
今度あったら、この話も聞かせてください。