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人生の転機とやらは急に現れたり中々現れなかったりする。私の場合はある意味ある方向へ向かってジグザグに進んでいるので、曲がり角の角度がそれほど大きい訳ではない(ような気がする)。それでも自分で方向転換してきたつもりだし、慣性の法則に逆らってよいしょっと動くのはちょっと勢いがいるんである。
博士課程には、大学や修士を卒業してすぐ入学してきた学生一直線の人もいれば、何年か働いてやめてきた人もいる。ある友達は私と同じ歳でいて、大手銀行で年俸ウン千万円をもらっていたのを、すぱっと仕事をやめてプログラムに入ってきた。しかも金融とは全く関係ない、ドイツの政治思想をやっている。また違う友達はウェブデザイナーをやっていて、これまたウン千万円稼いでいたところをやめて、アカデミアに入ってきた。彼は民族紛争の専門である。この人たちに比べれば、私の方向転換なんて直線に近い。彼らにとって学業をすることの機会費用はものすごい高いんである。しかも博士号をとった後も、それなりには稼げるがお金持ちになれるわけではない。特に後者の彼は工事現場で日雇いで働く貧乏生活から這い上がってきた人なので、「よくリッチな生活手放す気になったね」と言ったら、「確かに稼げるようにはなったけどね、だからなんなの、と思うようになった。ボーナスもらう度に、なんか社会に反抗したくてマクドナルドで食事してたよ。」という。彼にとってお金はあるとあれこれ心配するから、余分なお金はむしろ邪魔らしい。前者の彼も、「ビジネススクールに行きたくないって言うのが大きな理由だったけど(笑)、やりたいことはお金には変えられない。」ということらしい。
私は失うほどのものを持ってないからとっても身軽だ。自分一人くらい何やったって生きていけると思っている。でも慣れてしまった物質的生活を手放すのって勇気がいるんだろう。家族がいれば責任もあるだろうし。でもやっぱり、やりたいことして生きている実感は何事にも変えられない。そして人生の転機は自分で作らなくてはやってこない。
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