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「学位をとったあとどうするの?日本に帰るの?」「日本の生活が恋しくない?」などよく聞かれる。答えは「特に日本の生活を恋しいと思ったことはないし、日本に帰るかもしれないし帰らないかもしれない。」
国外に出てかれこれ5年たつから、そりゃ日本のものが恋しい瞬間はある。例えば、おいしいラーメンが食べたいとき、繊細なふんわりケーキが食べたいとき、実家のたこ焼きや粕汁が食べたいとき、おもしろそうな映画が公開されてるとき、友達や家族に会いたいとき、などである。明らかに「食」と「娯楽」が中心で、家族の存在を除けば、台湾が恋しいのも同じような理由だし、大体うちの両親は自分たちで私を訪ねに行くほうが早いと思っている(正しい理解)ので、日本でなくっちゃ!と思わせるものが実は少ない。
かといってアメリカに留まりたいという強い思いもない。理想的には、3、4年ごとに土地をかえ生きていけるといいなあ、と思う。何もかも初めての生活、知らない人々に囲まれて、アタフタするあの感覚がたまらないからである。でも日本に帰る願望が薄いのは、「外国人であること」「社会に紛れ込んだアウトサイダーであること」が非常に心地いいからでもある。長く一つの社会にいすぎると、社会的制約やプレッシャーを押し付けられそうになる(ような気がする)。つまり、日本にいると「日本人として」こうすべき、こうするのが当たり前、というプレッシャーがあって、例えば朝の満員電車が耐えられなかったり、お化粧したくなかったりする態度が、妙に反抗的に映ったりする。もちろん日本社会が他に比べて特に厳しいというわけではなく、アメリカ社会にはアメリカの社会規範や期待があるわけで、だから「外国人だから許されて」という『外人カード』をイザというときに振りかざすのである。
日本(実家)が恋しいときのイメージ:

台湾が恋しい理由之一

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