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親や日本にいる家族には心配かけまいとして相談なんか勿論しないですから、本当に孤独でした。
なかなか就職も決まらず、「どうしようかなー」ってすごく考えましたね。
選択肢としては、「日本に帰る」っていうのもありましたが、今日本に帰ったら絶対離婚だろうとは思っていたので、それはちょっと待ったほうがいいかな、と思っていました。だから、仕事を何とかしないといけない。
でも、面接に行ってもなかなか決定打に欠けてずるずると日々が過ぎていきました。
ウィスコンシン時代はこの時が一番辛かった。
妻の家族に電話して、職を紹介してもらおうか?とか、日本の元上司に言って、日本で仕事を探しちゃおうか?とか、シカゴまで行って職を探そうか?とか、毎日毎日、部屋の中をぐるぐる行ったり来たり。
「よし、電話するぞ!」
と何度も思って受話器を持っては、いやいやちょっと待てよ、といって考える。受話器を持って、部屋の中を何度も何度も行ったり来たりしまくっていました。
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