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ITのプロジェクトにまんまと進入した私。
すごい簡単なことをやっていたんですが、これで、「経験者」として外部の仕事なんかに応募してたんですから、なかなかやりますよねー。というより、怖いもの知らな過ぎ。
上司には「ちょっと最近ITを手伝い過ぎ!」なーんて嫌味を言われていましたが、自分の担当する仕事は完璧にやってのこと。
それの何が悪い?!
とばかりに、ITプロジェクトでコツコツ勉強を兼ねて仕事をしていたんです。
そんなある日。
そのプロジェクトの最高責任者である、サンジュー・オクという韓国系アメリカ人ディレクターからいよいよのお誘いがあったんです。
「コウジ、ルーから聞いたんだけど、ITに興味があるんだって?」
おー、ルー選手やってくれるじゃーん!
「はい。最高に。」
既に、そのプロジェクトに入り込んじゃって、一番末端の仕事とは言え、誰かがやらないといけない仕事をこなしていた私。誰かがやらないといけないんだけど、誰もやりたくないという仕事。私は、日本語も分かるし、ビジネス・ルールは分かるしで、彼女からしたら、のどから手が出るほど欲しい存在なわけです。(ってのもちょっと言いすぎか?)
そこで、即席の面接が始まったんです。
とにかく、私はもう素人じゃないっすよ、ということを全面に押し出しました。(おいおい、お前めちゃくちゃ素人だろー!)
「クリスタルレポートって使ったことある?ウェブのプログラミングは?」
「うーん。・・・知りません。」
こんな調子でしたが、なぜか合格。
「私はあんまり最近のプログラミング事情がよくわからないから、リチャードと面接してちょうだい」とのこと。
「や、やったー。」
そして数日後リチャードから内線電話がかかってきて、面接日を設定。
身長190以上はあろうかという、イギリスはイングランド出身のリチャード。プロジェクトを実際に仕切るマネージャーで、後に私ととても仲良くなって、家までいって一緒にギターなんかを弾きまくる仲にまでなるお方なわけです。
私は言いました。
「データベースなんかももう知ってるし、データベースのためのストアード・プロジージャまで書けますよ。」と。
そして、プログラム内容を印刷した紙を持っていたのでそれを見せました。
実はこのプログラム。面接用に、既にプログラマーとしてやっていた妻から即席で教わってちょこちょこって書いた程度(しかもほどんど妻が)。今からすると、よくあんな低レベルのものを自信満々に見せたなー、というくらい幼稚なものなんです。(恥)
「へー、ストアード・プロシージャ書けるの?」
「もちのろんっす。」
「ライト・ジョインって何?」
「・・・え?」
そこからです。リチャード選手の質問の嵐が炸裂したのは。
冷や汗だらだら流しながら、ほとんど私の答えは、
「わ、分かりません。。。す、すみません!」
面接が終わるころには、どっと疲れていた私。
こりゃー落ちたなー。微妙だぞー。
ある日、プロジェクトで仕事をしていた私に、リチャードがやってきました。
「コウジ、今度C.I.O.(IT部の副社長)に会って。」とのこと。
あれ?面接OKだったのかな?と思ったとき、
「まあ、心配しないでよ。多分君は雇われるから。」とリチャード選手。
そして思わずガッツポーズの私。でも、まだまだ分かりませんぞー、と気を引き締めて、最終面接へGO!
イタリア出身のCIOとの面接はリチャードのそれと比べるとかなり生ぬるいものでした。
「本当にITでやっていこうと思ってるの?」
「勿論っす。」
見たいな感じ。
話していくと、なんと彼の息子さんが、私の大学へ留学経験があって、現在日本に住んでるとのこと。これで、めちゃくちゃ盛り上がって、無事面接終了。
本当に、運が重なる時って重なるもんですよねー。
で、結局合格となっちゃった私。しかし、面接では散々だったのに、なんで合格したのか?
それは、1.やる気があった。2.給料が安かった。(昔の部署に比べて格段にあがったけど)3.ビジネス・ルールをよく知っていた。4.日本語が話せた。
の4点だと思います。
まあ、用は、面接する前から合格していたってことですよね。
3のビジネス・ルールをよく知っていた、っていうのは大切で、アメリカのプログラマーって職を転々をするものですから、一つの会社のビジネスなんて覚えようとする気があまりなんですね。結構この会社のルールも複雑でしたから、やる気もますます失せるわけです。
さてさて、ここまでの経緯は、旧部署では誰も知りません。全て、水面下で動いていたんです。誰かに言おうものならいつ、どこから邪魔されてぽしゃるか分からない。危険です。
だから、上司に正式に言った時は、かなりびっくりされましたけどね。フフ。
それから、私のIT生活が始まったんです。
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