<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>小さな東洋人と大きな世界</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/atom.xml" />
   <id>tag:blog.eigotown.com,2008:/Kana_Takahashi//34</id>
    <link rel="service.post" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34" title="小さな東洋人と大きな世界" />
    <updated>2007-08-03T14:18:58Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type  3.35</generator>
 
<entry>
    <title>ありがとうのごあいさつ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/08/post_127.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3719" title="ありがとうのごあいさつ" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3719</id>
    
    <published>2007-08-02T00:34:08Z</published>
    <updated>2007-08-03T14:18:58Z</updated>
    
    <summary>およそ１年と３ヶ月、ある小さな東洋人は炉辺夜話のように細々とお話してきました。 いかがでしたか。楽しんでいただけましたでしょうか。 ここでのお話のかけらをみなさまの頭の中の隅っこに置いていただけると大変うれしく思います。 私は今年の７月に無事大学を卒業でき、ここでの目標は果たせましたので次のステップのために日本へ帰ります。 ですので本日が最後のお話になります。 時は２００２年の４月、まだ１８歳になったばかりのちっちゃい背の東洋人がロンドンへ発ちました。 なぜロンドンを選んだのかといいますと、「拳銃所持国じゃないから」だそうで。 初めはそんな簡単な理由からここを選んだのですが、今思えばロンドンに来て本当によかったと思います。他のヨーロッパの国々の文化にも触れることができ、それでいてイングランド特有の歴史感あふれる都市であり、かつモダニズムが入り混じる街。 たくさんのデザインを見ました。 たくさんの人々の想いにふれました。 私はひとつの光を見つけました。 それを形にしたくて「光の先、未来の光」を最後の課題のテーマに大学最後の年をすごしました。 そしてこれは私の一生のテーマでもあります。 光の先、未来の光を求めて笑って泣いて怒って悲しんで喜んで。 小さな東洋人は世界のどこかでこれからも奮闘することでしょう。 未来が光でありますように。 そして光の先へ飛べますように。 長い間ご愛読いただき本当にありがとうございました。 高橋加奈...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[およそ１年と３ヶ月、ある小さな東洋人は炉辺夜話のように細々とお話してきました。
いかがでしたか。楽しんでいただけましたでしょうか。
ここでのお話のかけらをみなさまの頭の中の隅っこに置いていただけると大変うれしく思います。

私は今年の７月に無事大学を卒業でき、ここでの目標は果たせましたので次のステップのために日本へ帰ります。
ですので本日が最後のお話になります。

時は２００２年の４月、まだ１８歳になったばかりのちっちゃい背の東洋人がロンドンへ発ちました。
なぜロンドンを選んだのかといいますと、「拳銃所持国じゃないから」だそうで。

初めはそんな簡単な理由からここを選んだのですが、今思えばロンドンに来て本当によかったと思います。他のヨーロッパの国々の文化にも触れることができ、それでいてイングランド特有の歴史感あふれる都市であり、かつモダニズムが入り混じる街。

たくさんのデザインを見ました。
たくさんの人々の想いにふれました。

私はひとつの光を見つけました。

それを形にしたくて「光の先、未来の光」を最後の課題のテーマに大学最後の年をすごしました。
そしてこれは私の一生のテーマでもあります。

光の先、未来の光を求めて笑って泣いて怒って悲しんで喜んで。
小さな東洋人は世界のどこかでこれからも奮闘することでしょう。

未来が光でありますように。
そして光の先へ飛べますように。




長い間ご愛読いただき本当にありがとうございました。

<img alt="Summer%20holiday%2007%20068.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Summer%20holiday%2007%20068.jpg" width="170" height="128" />
高橋加奈
]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>映画のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/07/post_126.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3707" title="映画のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3707</id>
    
    <published>2007-07-25T08:19:12Z</published>
    <updated>2007-07-25T09:41:18Z</updated>
    
    <summary>日本、時は戦後すぐのころです。 とあるクリーニング屋を営んでいる家族のお話。家族のために一生懸命仕事をし、裁縫をし、子供を寝かしつける”お母さん”の１シーン。 成瀬巳喜男監督の「おかあさん」という映画でございます。 １９５２年に撮られた白黒の映画をロンドンで見ることができました。 「おかあさん」監督：成瀬巳喜男　１９５２年 なんとも色のない映像というのは想像力が沸いてきます。 「派手な着物のほうが高く売れるわよ」と”お母さんに差し出した娘の柄の美しい着物が映しだされても、 「このスカーフ高いんだよ」と言って”お母さん”に文句を言うお客さんがもつ「高いスカーフ」も、 「スマートならくだ色に染めて欲しい」といつも難しい注文をするお客さんの帽子も、 全部色がわからないのです。それでも一つ一つの台詞で「あぁきっとこんな色なのね」と私の頭の中では私オリジナルのカラー映画になるのです。 そして、とってもシンプルな物語だからでしょうか、映画に出てくる人すべての背中がその人その人の人柄、立場、性格をくっきりと映し出しているのです。 背中とは面白いものですね。 今その人はどう思っているのか、感じているのか、背中をじっと見つめるとわかってしまうものなんですね。両親の愛情も「おんぶ」でじんわりと伝わりますものね。 そんなことを思わせてくれるとっても素敵な映画でした。 そして、まだ生まれていなくてもふすまや畳や日本語でなんとなく懐かしいと思った戦後日本の風景を１００分見続けた後、その世界から出た先にはロンドンの象徴ビックベンが私の目に映りました。 そう私はロンドンにいたんですね。 しかしそろそろ私もロンドンに背中を見せて遠ざかる日が近づいてきました。 そしてここともです。 どうぞ最後までお付き合いくださいね。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[日本、時は戦後すぐのころです。
とあるクリーニング屋を営んでいる家族のお話。家族のために一生懸命仕事をし、裁縫をし、子供を寝かしつける”お母さん”の１シーン。

成瀬巳喜男監督の「おかあさん」という映画でございます。
１９５２年に撮られた白黒の映画をロンドンで見ることができました。

<img alt="Mikio Naruse.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Mikio%20Naruse.jpg" width="420" height="200" />
「おかあさん」監督：成瀬巳喜男　１９５２年

なんとも色のない映像というのは想像力が沸いてきます。

「派手な着物のほうが高く売れるわよ」と”お母さんに差し出した娘の柄の美しい着物が映しだされても、
「このスカーフ高いんだよ」と言って”お母さん”に文句を言うお客さんがもつ「高いスカーフ」も、
「スマートならくだ色に染めて欲しい」といつも難しい注文をするお客さんの帽子も、

全部色がわからないのです。それでも一つ一つの台詞で「あぁきっとこんな色なのね」と私の頭の中では私オリジナルのカラー映画になるのです。

そして、とってもシンプルな物語だからでしょうか、映画に出てくる人すべての背中がその人その人の人柄、立場、性格をくっきりと映し出しているのです。
背中とは面白いものですね。

今その人はどう思っているのか、感じているのか、背中をじっと見つめるとわかってしまうものなんですね。両親の愛情も「おんぶ」でじんわりと伝わりますものね。

そんなことを思わせてくれるとっても素敵な映画でした。

そして、まだ生まれていなくてもふすまや畳や日本語でなんとなく懐かしいと思った戦後日本の風景を１００分見続けた後、その世界から出た先にはロンドンの象徴ビックベンが私の目に映りました。

そう私はロンドンにいたんですね。

しかしそろそろ私もロンドンに背中を見せて遠ざかる日が近づいてきました。
そしてここともです。

どうぞ最後までお付き合いくださいね。]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>ゴルフのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/07/post_125.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3662" title="ゴルフのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3662</id>
    
    <published>2007-07-18T20:24:28Z</published>
    <updated>2007-07-27T00:58:30Z</updated>
    
    <summary>今日の夜、家の前でかわいらしいおばあさまが何か考え事をしておったようで、「you need some help?」と尋ねましたら、 「ここの大きなお庭はいったい誰のものなのかしら？？」と真裏にある大きなプライヴェートガーデンを気にしておった様子。 彼女とお話した内容はあまり意味はありませんが、そういえばこうやってお互い見知らぬご近所の人と道路の傍らで話すというのは最近では少なくなっているのかなぁ、なんて思ったのです。 たまにはこうゆっくりとした会話も大切ですね。 さて、話はがらりと変わりますが、先日私の父と一緒にスコットランドのSt.andrewsへと行ってまいりました。なんともそこはゴルフで有名な土地だとか。 そもそもゴルフはとあるスコットランドの羊飼いの遊びからできたものだとか、中国の小民族の遊びからきたのだとか説はさまざまございますが、一応St.andrewsが発祥の地とされており、世界で最初のゴルフコースがございます。（Old course） ゴルフコースのバンカーももともとは動物が掘り起こした穴からできているんですって。自然の中からゴルフコースというものはできたんですね。 横に並んだ大きな３つのバンカー。 私にとってもゴルフコースをまわるというのは初めてでしたので新鮮でとても楽しかったです。 もちろんゴルフはできませんので通訳として、ですが。 なんといってもOld courseはとても有名なコースなのである程度の実力がないとゴルフをさせてもらえません。 そして父は夢のold courseでゴルフ。一番ホールと１８番ホールは見物する人でにぎわっておったのでプレーするにはちょっと恥ずかしかったようで。 有名な１７番ホールの橋。 まぁ私も父も楽しめたのでよかったです。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[今日の夜、家の前でかわいらしいおばあさまが何か考え事をしておったようで、「you need some help?」と尋ねましたら、
「ここの大きなお庭はいったい誰のものなのかしら？？」と真裏にある大きなプライヴェートガーデンを気にしておった様子。

彼女とお話した内容はあまり意味はありませんが、そういえばこうやってお互い見知らぬご近所の人と道路の傍らで話すというのは最近では少なくなっているのかなぁ、なんて思ったのです。

たまにはこうゆっくりとした会話も大切ですね。

さて、話はがらりと変わりますが、先日私の父と一緒にスコットランドのSt.andrewsへと行ってまいりました。なんともそこはゴルフで有名な土地だとか。

そもそもゴルフはとあるスコットランドの羊飼いの遊びからできたものだとか、中国の小民族の遊びからきたのだとか説はさまざまございますが、一応St.andrewsが発祥の地とされており、世界で最初のゴルフコースがございます。（Old course）
ゴルフコースのバンカーももともとは動物が掘り起こした穴からできているんですって。自然の中からゴルフコースというものはできたんですね。

<img alt="Summer holiday 07 030.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Summer%20holiday%2007%20030.jpg" width="422" height="317" />
横に並んだ大きな３つのバンカー。

私にとってもゴルフコースをまわるというのは初めてでしたので新鮮でとても楽しかったです。
もちろんゴルフはできませんので通訳として、ですが。
なんといってもOld courseはとても有名なコースなのである程度の実力がないとゴルフをさせてもらえません。

そして父は夢のold courseでゴルフ。一番ホールと１８番ホールは見物する人でにぎわっておったのでプレーするにはちょっと恥ずかしかったようで。

<img alt="Summer holiday 07 044.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Summer%20holiday%2007%20044.jpg" width="317" height="422" />
有名な１７番ホールの橋。

まぁ私も父も楽しめたのでよかったです。]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>コーヒーのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/07/post_124.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3615" title="コーヒーのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3615</id>
    
    <published>2007-07-10T17:35:47Z</published>
    <updated>2007-07-10T22:07:09Z</updated>
    
    <summary>イギリスといえばもちろん紅茶です。確かに同じ茶葉でも日本で入れた紅茶とイギリスで入れた紅茶は違うのです。これはきっと水のせいですね。イギリスの硬水が紅茶葉に合っているようです。 余談ですがコーヒーで有名なスターバックスでも紅茶を頼むイギリス人も少なくありません。日本ではどうかわかりませんがこちらのスターバックスではたくさんの種類のティーバッグをそろえておりますよ。ぜひお試しください。 そんな紅茶で有名なイギリスですが実は昔はそうではありませんで、コーヒーも紅茶も等しく飲んでいたのです。それなのになぜ今はコーヒーではなく紅茶なのか。今日は１８００年代のイギリスコーヒー事情についてお話いたします。 &quot;Coffee Stall - Early Morning&quot; 1872. Museun of London蔵 Description（説明）: Men gather round a coffee stall, chatting and queuing up for coffee. The stall holder can be seen top left filling a mug from the urn（金属製のコーヒー沸かし）. A...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[イギリスといえばもちろん紅茶です。確かに同じ茶葉でも日本で入れた紅茶とイギリスで入れた紅茶は違うのです。これはきっと水のせいですね。イギリスの硬水が紅茶葉に合っているようです。

余談ですがコーヒーで有名なスターバックスでも紅茶を頼むイギリス人も少なくありません。日本ではどうかわかりませんがこちらのスターバックスではたくさんの種類のティーバッグをそろえておりますよ。ぜひお試しください。

そんな紅茶で有名なイギリスですが実は昔はそうではありませんで、コーヒーも紅茶も等しく飲んでいたのです。それなのになぜ今はコーヒーではなく紅茶なのか。今日は１８００年代のイギリスコーヒー事情についてお話いたします。

<img alt="coffee stall.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/coffee%20stall.jpg" width="381" height="480" />
"Coffee Stall - Early Morning" 1872. Museun of London蔵
Description（説明）:  Men gather round a coffee stall, chatting and queuing up for coffee. The stall holder can be seen top left filling a mug from the urn（金属製のコーヒー沸かし）. A lone woman stands on the right. 

１８２０年代に関税の引き下げがあり、コーヒーの値段も下がったため日常的な飲み物へとなりました。１８４０年代後半にはロンドンに２０００軒を超えるコーヒーハウスやコーヒーストール（コーヒーを入れる屋台のようなもの）が３００軒あったそうで、イギリス人の紅茶年間消費量が６５０ｇだったのに対し、コーヒー年間消費量はなんと８００ｇだったそうです。

それなのに３０年後の１８７０年代前半のコーヒー年間消費量は４５０ｇ、さらに１０年後は３５０ｇと徐々に減少していき、もうコーヒーはイギリス人の日常的な飲み物ではなくなっていました。

こうしたコーヒー消費低迷の理由には大きく２つございまして、ひとつは１８７０年代以降、紅茶がインド産、セイロン産（今のスリランカ）の輸入の増加により値下がりし、逆にコーヒー豆の値段が高騰したからです。当時イギリスの植民地だったセイロンではコーヒー豆も作られてはおりましたが、害虫被害によってコーヒー豆から紅茶葉へと転向していったのでそれもひとつのコーヒー値上がりの理由になったのかもしれません。

そしてもうひとつの理由が、コーヒーにチコリ（キク科の多年草。タンポポに似ている）などの混ぜ物を入れて販売することが合法だったということです。
当時、イギリスに限らずチコリの根を乾燥させローストしたものがコーヒーの代用品として世に出回っておりました。チコリはたくさんの糖分を含んでおりローストしている段階でカラメル化し、コーヒーに似た色と苦味が生まれたのだそうで。
１８３０年代からすでにチコリ混入の規制については議論されていました。そして大蔵大臣が１８５３年にパッケージにチコリ混入とちゃんと明記すれば販売可と条件を出しました。
しかしこの条件の欠点はチコリの含有量の規制がなかったことですね。
それを悪用して「純コーヒー」と名乗ったものでも２５％以上のチコリが混入されていたり、「チコリ混入」だと書かれてあっても一体どれくらい混入されているのか消費者はわかりませんでした。

そんな高くて不純物が含まれているコーヒーなんて飲まなくなるのは当然といえば当然です。そして今でもなお、イギリス紅茶の勢いは衰えを見せておりません。

フランスではエスプレッソを、イギリスではブラックティーを。

<img alt="coffe seller.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/coffe%20seller.jpg" width="480" height="344" />
"A man with a barrel organ and a coffee sellar" 1828. Museun of London蔵
Description: A street musician with his instrument, and a woman running a coffee stall.
]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>バベルの塔のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/07/post_123.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3563" title="バベルの塔のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3563</id>
    
    <published>2007-06-30T20:46:53Z</published>
    <updated>2007-06-30T21:52:36Z</updated>
    
    <summary>人々は少しでも天に近くありたいということで建てようとしましたバベルの塔。しかしそんな考えが神の怒りをかい、神は完成させずに壊してしまった。 そして人々をばらばらの土地に移し、交流できないように違う言語を教えたと。 なんていうお話を聞いたことがあると思います。 しかしこれは大きな間違いでして、もともとバベルの塔というのはある王国を作るためのものだったんですね。巨大な権力の象徴として大きな建造物を作るのです。 神様はそのバベルの塔を建てている様子をじ～っと見ていました。そこにひとつ、悪の姿を見ました。その悪をやってのけようと人々は一致団結し、より大きな悪を生み出していたと。 「一致団結」というのは普段はいい言葉ですが、もちろん悪いことにも使えてしまいます。 そしてそんな悪意の一致団結というものはいずれは崩れてしまうもの、やがて内部分裂が起こりました。ですからバベルの塔は完成しなかったのです。神様が壊したわけではないんです。 さらに「違う言語」のことですが、これは人それぞれ違う言葉で話しているから通じないんだ、という「自分主義の考え」からきているもので、バベルの塔の話で本当に伝えたかったこととは「たとえ言葉が通じなくても一人ひとりが歩みよって相手を理解しようとすれば心は通じるんだ」と言いたいのです。 なぜこのような話をしたかといいますと、先日ロンドンで起こりましたテロ未遂事件がきっかけでございます。 私はテロを起こそうとした人々を悪だとは思っていません。これにはかなりの歴史的背景や宗教的背景が入り混じっておりますので私のような何も知らない者が、ただ「悪だ」とは言えないでしょう。 言っておきますが私はテロ行為を肯定しているわけではございませんよ。 ただ私が言いたいのは私も含め、一人ひとりが歩み寄って相手のことをもっと理解できたらなぁと。 「テロ反対、戦争反対」という一歩的な思いだけでは解決しないんではと思うんです。お互いの立場を理解し合える場が欲しいなと願ってやみません。 今回は目撃情報と素早いロンドン警察の活躍のおかげで爆発物は処理され誰一人失うことなく終わりましたが、まだまだ気が抜けませんね。 毎年夏に何かが起こるロンドン。しかし平和解決の道はきっとあるはずです。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        人々は少しでも天に近くありたいということで建てようとしましたバベルの塔。しかしそんな考えが神の怒りをかい、神は完成させずに壊してしまった。
そして人々をばらばらの土地に移し、交流できないように違う言語を教えたと。

なんていうお話を聞いたことがあると思います。

しかしこれは大きな間違いでして、もともとバベルの塔というのはある王国を作るためのものだったんですね。巨大な権力の象徴として大きな建造物を作るのです。
神様はそのバベルの塔を建てている様子をじ～っと見ていました。そこにひとつ、悪の姿を見ました。その悪をやってのけようと人々は一致団結し、より大きな悪を生み出していたと。

「一致団結」というのは普段はいい言葉ですが、もちろん悪いことにも使えてしまいます。

そしてそんな悪意の一致団結というものはいずれは崩れてしまうもの、やがて内部分裂が起こりました。ですからバベルの塔は完成しなかったのです。神様が壊したわけではないんです。

さらに「違う言語」のことですが、これは人それぞれ違う言葉で話しているから通じないんだ、という「自分主義の考え」からきているもので、バベルの塔の話で本当に伝えたかったこととは「たとえ言葉が通じなくても一人ひとりが歩みよって相手を理解しようとすれば心は通じるんだ」と言いたいのです。

なぜこのような話をしたかといいますと、先日ロンドンで起こりましたテロ未遂事件がきっかけでございます。

私はテロを起こそうとした人々を悪だとは思っていません。これにはかなりの歴史的背景や宗教的背景が入り混じっておりますので私のような何も知らない者が、ただ「悪だ」とは言えないでしょう。

言っておきますが私はテロ行為を肯定しているわけではございませんよ。

ただ私が言いたいのは私も含め、一人ひとりが歩み寄って相手のことをもっと理解できたらなぁと。
「テロ反対、戦争反対」という一歩的な思いだけでは解決しないんではと思うんです。お互いの立場を理解し合える場が欲しいなと願ってやみません。

今回は目撃情報と素早いロンドン警察の活躍のおかげで爆発物は処理され誰一人失うことなく終わりましたが、まだまだ気が抜けませんね。
毎年夏に何かが起こるロンドン。しかし平和解決の道はきっとあるはずです。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>日本の小説（英語版）のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/06/post_122.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3530" title="日本の小説（英語版）のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3530</id>
    
    <published>2007-06-24T16:24:02Z</published>
    <updated>2007-06-24T18:42:59Z</updated>
    
    <summary>みなさまは村上春樹さんの本を読まれたことはありますか。 実は村上さんの小説はこちらでも有名でして英語版の村上春樹小説が売っております。 私の友達に村上さんの小説が大好きになった人がおりまして、日本の裏側のロンドンで、しかもイギリス人と日本の小説について語れるなんて面白いものですね。 そんなとき、彼女は英語版の「ダンス・ダンス・ダンス」（&quot;Dance Dance Dance&quot; Written by Haruki Murakami）を読んでいたとき、あることに気づいたんですね。それはとある登場人物の中で、「牧村拓（まきむらひらく）」という売れなくなった小説家が出てくるのですが。。。 その「牧村拓」という名前が実は「村上春樹」のアナグラムだったそうで。 なぜ彼女が気づいて私が気づかなかったのかは英語と日本語の違いのせいで、英語版ではもちろん漢字ではなく「Hiraku Makimura」と書かれておりますのでアナグラムだと気づきやすく、日本語版では「牧村拓」と漢字でしたので私は彼女から言われるまで気づかなかったのですね。 日本語版で読まれた方でも気づいた方はいらっしゃるかもしれませんが。。。 英語版でまた新しい村上春樹ワールドを見つけた瞬間でございました。なんともニクイ演出です。笑 さらに個々の登場人物の人柄、立場などの表現の仕方で面白いものがありました。 それはかぎ括弧の中の羊男の会話の書き方でなのですが、単語と単語の間にスペースがなかったのです。 「IamKanaTakahashiIamJapanese」というような感じですね。 ですから彼女は初め、読むのに苦労したと言っておりました。 同じ本でも言葉が違うだけで新たな発見が見つかるなんてびっくりです。 ぜひみなさんも英語版の日本の小説を読んでみてください。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        みなさまは村上春樹さんの本を読まれたことはありますか。
実は村上さんの小説はこちらでも有名でして英語版の村上春樹小説が売っております。

私の友達に村上さんの小説が大好きになった人がおりまして、日本の裏側のロンドンで、しかもイギリス人と日本の小説について語れるなんて面白いものですね。

そんなとき、彼女は英語版の「ダンス・ダンス・ダンス」（&quot;Dance Dance Dance&quot; Written by Haruki Murakami）を読んでいたとき、あることに気づいたんですね。それはとある登場人物の中で、「牧村拓（まきむらひらく）」という売れなくなった小説家が出てくるのですが。。。

その「牧村拓」という名前が実は「村上春樹」のアナグラムだったそうで。

なぜ彼女が気づいて私が気づかなかったのかは英語と日本語の違いのせいで、英語版ではもちろん漢字ではなく「Hiraku Makimura」と書かれておりますのでアナグラムだと気づきやすく、日本語版では「牧村拓」と漢字でしたので私は彼女から言われるまで気づかなかったのですね。

日本語版で読まれた方でも気づいた方はいらっしゃるかもしれませんが。。。

英語版でまた新しい村上春樹ワールドを見つけた瞬間でございました。なんともニクイ演出です。笑

さらに個々の登場人物の人柄、立場などの表現の仕方で面白いものがありました。
それはかぎ括弧の中の羊男の会話の書き方でなのですが、単語と単語の間にスペースがなかったのです。
「IamKanaTakahashiIamJapanese」というような感じですね。
ですから彼女は初め、読むのに苦労したと言っておりました。

同じ本でも言葉が違うだけで新たな発見が見つかるなんてびっくりです。

ぜひみなさんも英語版の日本の小説を読んでみてください。
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>最後の○○のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/06/post_121.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3491" title="最後の○○のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3491</id>
    
    <published>2007-06-17T17:05:39Z</published>
    <updated>2007-06-17T17:26:26Z</updated>
    
    <summary>先日、待ちに待った卒展が始まりました。 これまでの成果をたくさんの人に見せる最後のショー。私は「光の先、未来の光」をテーマにインテリアオブジェクトを織りました。 これが私の最後の学生としての仕事でした。 あとは卒業式を待つのみです。 正直、日本に帰りたいという気持ちも大きいのですが、「最後の○○」が増えていくにつれて寂しさも一層増すようになっちゃって困ったものですね。 今日は最後のピアノのレッスンでした。先生からいっぱいほめてもらいました。 今度は何が最後になるのかな。 まぁ新しいことがきっと日本で待っているはず。 さぁもうひとふんばり。 Kana Takahashi &quot;Beyond light&quot; woven fabrics...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[先日、待ちに待った卒展が始まりました。

これまでの成果をたくさんの人に見せる最後のショー。私は「光の先、未来の光」をテーマにインテリアオブジェクトを織りました。

これが私の最後の学生としての仕事でした。
あとは卒業式を待つのみです。

正直、日本に帰りたいという気持ちも大きいのですが、「最後の○○」が増えていくにつれて寂しさも一層増すようになっちゃって困ったものですね。

今日は最後のピアノのレッスンでした。先生からいっぱいほめてもらいました。

今度は何が最後になるのかな。

まぁ新しいことがきっと日本で待っているはず。
さぁもうひとふんばり。

<img alt="Works 004.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Works%20004.jpg" width="296" height="394" />
Kana Takahashi "Beyond light" woven fabrics]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>ウスターソースのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/06/post_120.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3395" title="ウスターソースのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3395</id>
    
    <published>2007-06-03T19:18:31Z</published>
    <updated>2007-06-03T21:54:05Z</updated>
    
    <summary>いつも更新が遅れてしまい申し訳ありません。 最近はなかなか時間が作れず困ったものです。 さて、そんな久しぶりな今日は久しぶり歴史シリーズでございます。 たまたま友人との食事で目にしたウスターソース。このソースの始まりが意外におもしろかったのでお話させていただこうと思います。 さかのぼってヴィクトリア時代のイギリス、ウスターシャーでのこと。 ジョン・ホイーリー・リーとウィリアム・ぺリンズは１８２３年頃から68 Broad streetでお薬と食料品を扱うお店を経営しておりました。 そんな１８３５年のある日のこと、ベンガルの元総督サンズ卿が、当時イギリスの植民地であったインドからソースのレシピを本国へ持ち帰り、そのレシピ通りにソースを作るようジョン・リーとウィリアム・ぺリンズに依頼しました。 ２人は卿には秘密で注文よりも多くソースを作り味見をしてみますが、売り物にならないほどのまずいものだったのでしばらく壷に入れてちか倉庫にしまってしまいました。 そして２人がそんなソースのことなど忘れかけていたころ、ソースの壷に気づき捨てる前にもう一度味見をしてみました。なんとも勇気のある話でございます。 そしたらどうでしょう。 これがちょうどいい具合に熟成していてとてもおいしくなっていたのです。 これは売れると思った２人は早速サンズ卿からレシピの使用許可を得て、ウスターソースとして売り出すことにしたそうです。 ２人の予想は的中いたしました。どんどんソースの評判が上がっていき、最後にはとても大きな工場をMidland streetに建設しました。 そんな歴史あるこの２人が作ったウスターソースのレシピは今でも企業秘密となっております。 その名も「Lea and perrins Worcestershire Sauce」二人の苗字からとったのですね。 日本では中濃ソースやとんかつソースもウスターソースの一種としてわけられているようですが、ぜひ一度本当のウスターソースを試してみてくださいね。 ちなみに英語ではWorcestershire Sauce。 ウォーセスターシャー・ソースと読めそうですが、”cester”の部分は”スター”と読みます。 これはどこのイギリスの土地でもそうです。 Gloucester（グロスター）, Leicester（レスター）などなど、難しいものです。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[いつも更新が遅れてしまい申し訳ありません。
最近はなかなか時間が作れず困ったものです。

さて、そんな久しぶりな今日は久しぶり歴史シリーズでございます。

たまたま友人との食事で目にしたウスターソース。このソースの始まりが意外におもしろかったのでお話させていただこうと思います。

さかのぼってヴィクトリア時代のイギリス、ウスターシャーでのこと。
ジョン・ホイーリー・リーとウィリアム・ぺリンズは１８２３年頃から68 Broad streetでお薬と食料品を扱うお店を経営しておりました。

そんな１８３５年のある日のこと、ベンガルの元総督サンズ卿が、当時イギリスの植民地であったインドからソースのレシピを本国へ持ち帰り、そのレシピ通りにソースを作るようジョン・リーとウィリアム・ぺリンズに依頼しました。

２人は卿には秘密で注文よりも多くソースを作り味見をしてみますが、売り物にならないほどのまずいものだったのでしばらく壷に入れてちか倉庫にしまってしまいました。

そして２人がそんなソースのことなど忘れかけていたころ、ソースの壷に気づき捨てる前にもう一度味見をしてみました。なんとも勇気のある話でございます。
そしたらどうでしょう。
これがちょうどいい具合に熟成していてとてもおいしくなっていたのです。

これは売れると思った２人は早速サンズ卿からレシピの使用許可を得て、ウスターソースとして売り出すことにしたそうです。

２人の予想は的中いたしました。どんどんソースの評判が上がっていき、最後にはとても大きな工場をMidland streetに建設しました。

そんな歴史あるこの２人が作ったウスターソースのレシピは今でも企業秘密となっております。
その名も「Lea and perrins Worcestershire Sauce」二人の苗字からとったのですね。

日本では中濃ソースやとんかつソースもウスターソースの一種としてわけられているようですが、ぜひ一度本当のウスターソースを試してみてくださいね。

<img alt="leaandperrins.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/leaandperrins.jpg" width="104" height="104" />

ちなみに英語ではWorcestershire Sauce。
ウォーセスターシャー・ソースと読めそうですが、”cester”の部分は”スター”と読みます。
これはどこのイギリスの土地でもそうです。
Gloucester（グロスター）, Leicester（レスター）などなど、難しいものです。
]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>敬語英語のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/05/post_119.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3324" title="敬語英語のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3324</id>
    
    <published>2007-05-23T20:20:14Z</published>
    <updated>2007-05-23T22:53:27Z</updated>
    
    <summary>毎日学校の中にもやはりたまには気分転換も必要ですね。 そんなわけでクラスメイトの友達と一緒にご飯を食べに行きました。 彼女はイギリス人なので私たちは文化の違いや言葉の違いなどのトピックスで話がはずむわけです。 そんな中英語の敬語について話をいたしました。 実際私はよく、敬語形式の単語はないと耳にしておりましたのでそれは本当なのかと思っていたわけです。 フランス語とイタリア語はございます。 フランス語はすっかり忘れてしまいましたが、イタリア語で説明しますと、 where are you from?は Di dove sei? Di dove&apos;e lei? (FORMAL) と言葉が変わります。日本語もおなじく「来る」が「いらっしゃる」と言葉自体が変わりますね。 そして英語はどうなのか、といいますと言葉は変わらないそうですね。そのかわり文法が変わります。 しかし彼女いわく「一応Formalな話し方もあるけれど、もう最近は誰も使わないわ」だそう。 そんなポピュラーではない英語の敬語（？）を少し。。。 「Where did you get that from?」 という文を例に説明いたしますと、これは丁寧ではあるけれど正式な敬語ではないそうで。 ちなみに普段友達同士で話しますと「Where did you get it??」ですね。「From」がありません。ときどき「It」もなくなります。 そしてFormal wayに直しますと 「From where did you...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        毎日学校の中にもやはりたまには気分転換も必要ですね。
そんなわけでクラスメイトの友達と一緒にご飯を食べに行きました。

彼女はイギリス人なので私たちは文化の違いや言葉の違いなどのトピックスで話がはずむわけです。

そんな中英語の敬語について話をいたしました。
実際私はよく、敬語形式の単語はないと耳にしておりましたのでそれは本当なのかと思っていたわけです。

フランス語とイタリア語はございます。
フランス語はすっかり忘れてしまいましたが、イタリア語で説明しますと、
where are you from?は
Di dove sei?
Di dove&apos;e lei? (FORMAL)
と言葉が変わります。日本語もおなじく「来る」が「いらっしゃる」と言葉自体が変わりますね。

そして英語はどうなのか、といいますと言葉は変わらないそうですね。そのかわり文法が変わります。
しかし彼女いわく「一応Formalな話し方もあるけれど、もう最近は誰も使わないわ」だそう。

そんなポピュラーではない英語の敬語（？）を少し。。。
「Where did you get that from?」
という文を例に説明いたしますと、これは丁寧ではあるけれど正式な敬語ではないそうで。
ちなみに普段友達同士で話しますと「Where did you get it??」ですね。「From」がありません。ときどき「It」もなくなります。

そしてFormal wayに直しますと
「From where did you get that?」となるそうです。
前置詞が一番前にくるんですって。

でもこれはめったに私も聞かないのでまぁ知っているくらいでいいんでは？という感じでしょうか。
ただちょっと面白いなぁと思いましたので。

さらに冠詞の「a」「an」のお話をさせていただきますが、
「an」は最初が母音の名詞のみに使うとみなさん習ったと思います。

しかしこれには例外があったのですよ。
「H」が最初の名詞にも本当は「an」なんですって。

「an hotel」、「an hospital」などです。

まぁこれももうめんどくさいので最近は「a」ですますそうです。
余談でございました。

言葉が変わっていくのはどこの国も一緒のようですね。
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>「お元気で」のお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/05/post_118.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3253" title="「お元気で」のお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3253</id>
    
    <published>2007-05-14T19:32:30Z</published>
    <updated>2007-05-14T20:20:35Z</updated>
    
    <summary> もうすぐ卒業間近の私は最近、最後の追い込みということで土曜日も学校に行っております。 やはりギリギリになってあわてたくないですからね、心と時間にゆとりがあるうちにどんどん織っていかねばならないということで。 ３年生だけではなく２年生もがんばっているようです。みなさまお疲れ様です。 そんな土曜日の学校から帰る途中の、ご旅行中の日本人ご夫婦に美術館までの道を聞かれたときのことです。 丁寧な日本語を使う必要のない日々も困ります。敬語がでてこないのです。 ご主人がまず私に「excuse me」と英語で話しかけてくださって、しかしこのまま英語で話すのもどうだろうと「日本の方ですか」と日本語で答えたまではいいものの、そのあと敬語のひきだしがさびたようで冷や汗をかきました。 そんなおかしな日本語でしたがご理解していただけたようで最後に奥様が「どうもありがとうございます。ではお元気で」とお辞儀をしながらあいさつをしてくださったんですね。 「お元気で」 んー素敵な言葉じゃないですか。気持ちがほっこりいたします。 始めと終わりのあいさつはとても大切ですよね。 しかしまぬけな私は緊張してしまい「あ、どうも」。。。。 最後のあいさつがこれですか。 日本人でない人に「Have a lovely day」は言えても、こんなときに必要な「では美術館楽しんできてくださいね」はなかなか言えないものです。 ただ土曜日にお会いしたご夫婦が美術館で楽しい時間を過ごせたことを願うばかりでございます。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[<img alt="April07 018.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/April07%20018.jpg" width="422" height="317" />

もうすぐ卒業間近の私は最近、最後の追い込みということで土曜日も学校に行っております。
やはりギリギリになってあわてたくないですからね、心と時間にゆとりがあるうちにどんどん織っていかねばならないということで。

３年生だけではなく２年生もがんばっているようです。みなさまお疲れ様です。

そんな土曜日の学校から帰る途中の、ご旅行中の日本人ご夫婦に美術館までの道を聞かれたときのことです。
丁寧な日本語を使う必要のない日々も困ります。敬語がでてこないのです。
ご主人がまず私に「excuse me」と英語で話しかけてくださって、しかしこのまま英語で話すのもどうだろうと「日本の方ですか」と日本語で答えたまではいいものの、そのあと敬語のひきだしがさびたようで冷や汗をかきました。

そんなおかしな日本語でしたがご理解していただけたようで最後に奥様が「どうもありがとうございます。ではお元気で」とお辞儀をしながらあいさつをしてくださったんですね。

「お元気で」
んー素敵な言葉じゃないですか。気持ちがほっこりいたします。
始めと終わりのあいさつはとても大切ですよね。

しかしまぬけな私は緊張してしまい「あ、どうも」。。。。
最後のあいさつがこれですか。

日本人でない人に「Have a lovely day」は言えても、こんなときに必要な「では美術館楽しんできてくださいね」はなかなか言えないものです。

ただ土曜日にお会いしたご夫婦が美術館で楽しい時間を過ごせたことを願うばかりでございます。]]>
        写真がないのもつまらないので先日家の近くで撮った木とフェンスでございます。
ちょっと織物に見えませんか。自然と人工物のコラボレーション織物です。
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>バンクホリデーのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/05/post_117.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3200" title="バンクホリデーのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3200</id>
    
    <published>2007-05-07T11:13:52Z</published>
    <updated>2007-05-07T11:53:06Z</updated>
    
    <summary>日本の皆様はゴールデンウィークを楽しく過ごせましたでしょうか。 長いお休み期間ですのでこちらでも日本人の観光客の方々を見かけました。 しかし５月になりましたら急に寒くなってしまって。早くあったかくなってほしいものです。 さて、ゴールデンウィークほど長い連休はこちらにはありませんが、今日月曜日はバンクホリデーと言って国民の休日でございます。 日本の祝日には様々な意味合いがございますね。例えば海の日、敬老の日、みどりの日など。 こちらはイースター（春）、クリスマス（12/25）、ボクシングデー（12/26）、ニューイヤーズデーくらいでしょうか。今日のような祝日はすべてバンクホリデーと呼ぶのです。 といってもバンクホリデーは年に３日しかないのですが。 週休二日制ですのでそこまで祝日は必要ないのかもしれませんね。 バンクホリデーができたのはヴィクトリア時代（1837～1901）で働きすぎの人々を休ませようという理由からできたものです。 ヴィクトリア時代のイングランドの人々はかなりの長時間＆重労働の日々だったそうで、その労働者の健康対策として日曜日のお店の営業を禁止にし、世界の金融の要でもあるロンドンのシティで働く銀行員には日曜日の他に特定の月曜日を休日としたそうで。 これが「バンクホリデー」の始まりですね。 現在は日曜日でもほとんどのお店は開いていますが、大型店舗は６時間営業という制限つきで営業しておるようです。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        日本の皆様はゴールデンウィークを楽しく過ごせましたでしょうか。
長いお休み期間ですのでこちらでも日本人の観光客の方々を見かけました。
しかし５月になりましたら急に寒くなってしまって。早くあったかくなってほしいものです。

さて、ゴールデンウィークほど長い連休はこちらにはありませんが、今日月曜日はバンクホリデーと言って国民の休日でございます。

日本の祝日には様々な意味合いがございますね。例えば海の日、敬老の日、みどりの日など。
こちらはイースター（春）、クリスマス（12/25）、ボクシングデー（12/26）、ニューイヤーズデーくらいでしょうか。今日のような祝日はすべてバンクホリデーと呼ぶのです。

といってもバンクホリデーは年に３日しかないのですが。
週休二日制ですのでそこまで祝日は必要ないのかもしれませんね。

バンクホリデーができたのはヴィクトリア時代（1837～1901）で働きすぎの人々を休ませようという理由からできたものです。
ヴィクトリア時代のイングランドの人々はかなりの長時間＆重労働の日々だったそうで、その労働者の健康対策として日曜日のお店の営業を禁止にし、世界の金融の要でもあるロンドンのシティで働く銀行員には日曜日の他に特定の月曜日を休日としたそうで。

これが「バンクホリデー」の始まりですね。

現在は日曜日でもほとんどのお店は開いていますが、大型店舗は６時間営業という制限つきで営業しておるようです。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>奇妙な話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/05/post_116.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3161" title="奇妙な話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3161</id>
    
    <published>2007-04-30T20:17:56Z</published>
    <updated>2007-04-30T20:43:03Z</updated>
    
    <summary>最近おかしなことが起こりました。 それは存在しない番号から電話が毎晩かかってくるというものでした。 実話でございます。 その存在しない番号というのが０から９まで順序よく並んだ番号でございまして、これはおかしいなと思いもちろん出ておりません。 友人に「最近こんなおかしな番号から電話がかかってきてちょっと怖いんだ」と相談し、彼女が試しにその番号にかけてみたのですが、「この番号は存在しておりません」とのこと。 これはいったいどういうことなのでしょう。。。 さらに着信拒否は携帯会社のカスタマーサービスに電話をしないとできず、さらに存在しない番号なので拒否できないそうで。。。まぁ。。。 ここ２日間はかかってきていないのでほっとしておりますが。 最近の携帯電話は着信履歴に残る番号を変えて電話をかけることは可能なんでしょうか。。。 事実は小説よりも奇なりですね。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        最近おかしなことが起こりました。
それは存在しない番号から電話が毎晩かかってくるというものでした。

実話でございます。

その存在しない番号というのが０から９まで順序よく並んだ番号でございまして、これはおかしいなと思いもちろん出ておりません。

友人に「最近こんなおかしな番号から電話がかかってきてちょっと怖いんだ」と相談し、彼女が試しにその番号にかけてみたのですが、「この番号は存在しておりません」とのこと。

これはいったいどういうことなのでしょう。。。

さらに着信拒否は携帯会社のカスタマーサービスに電話をしないとできず、さらに存在しない番号なので拒否できないそうで。。。まぁ。。。

ここ２日間はかかってきていないのでほっとしておりますが。

最近の携帯電話は着信履歴に残る番号を変えて電話をかけることは可能なんでしょうか。。。

事実は小説よりも奇なりですね。
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>ストックホルムのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/04/post_115.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3085" title="ストックホルムのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3085</id>
    
    <published>2007-04-19T18:58:32Z</published>
    <updated>2007-04-19T19:54:23Z</updated>
    
    <summary>今回が最後の北欧の旅のお話になります。 オスロ中央駅からスウェーデン行きの列車で移動いたします。およそ６時間の旅ではじめは長く感じましたが、意外にも列車のたびというものはいいものですね。景色が変わるので飽きないんです。 そしてさすがはＥＵ。出入国審査がないんですね。１５番ゲートに行ったらすぐ目の前に列車がございました。６時間の旅ですのでもちろん食べ物も忘れずにキオスクで購入。 こちらはシナモンロールパンがあちらこちらに売っておりました。北欧人の好きなパンなのでしょうか。 ６時間が過ぎ、いよいよ到着しましたストックホルム中央駅。 ストックホルムはオスロよりもかなり大きな大都市でございました。いくつかの小さな島々でできたこの街はまたオスロとも違った港町でございます。 そして通貨も変わります。ノルウェーではクローネでしたが、スウェーデンはクローナでございます。 さすがはプロダクトデザインの有名な国。いたるところにかわいらしいおもちゃ屋さんや、生活雑貨屋さん、ガラス工芸のお店などなどいたるところにちらほら。 こんなゴミ袋もかわいいと思いませんか。その名も「the big bag」 ストックホルムの家も瓦屋根でございました。ちょっと日本家屋の雰囲気に似ていると思いませんか。 そして観光名所とも知られているガムラスタン島。ここはちょうど街の真ん中にある島でございます。 このような石畳の狭い路地でできているまさしく中世の街並みそのままです。 ノルウェー、スウェーデン両国とも食べ物はサーモンなどの魚介類が豊富でしたのでとっても幸せでした。 さすが税金が高い分、街はきれいに整備されておりごみも少なくきれいで、比較的安全で安心して旅行ができました。（もちろん安全といってもやはり初めての土地ですからある程度は気を引き締めて行動しないといけませんが。） そんな５日間の充実した旅行でございました。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[今回が最後の北欧の旅のお話になります。

オスロ中央駅からスウェーデン行きの列車で移動いたします。およそ６時間の旅ではじめは長く感じましたが、意外にも列車のたびというものはいいものですね。景色が変わるので飽きないんです。

<img alt="Scandinavia07 036.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20036.jpg" width="317" height="422" />

そしてさすがはＥＵ。出入国審査がないんですね。１５番ゲートに行ったらすぐ目の前に列車がございました。６時間の旅ですのでもちろん食べ物も忘れずにキオスクで購入。

こちらはシナモンロールパンがあちらこちらに売っておりました。北欧人の好きなパンなのでしょうか。

６時間が過ぎ、いよいよ到着しましたストックホルム中央駅。
ストックホルムはオスロよりもかなり大きな大都市でございました。いくつかの小さな島々でできたこの街はまたオスロとも違った港町でございます。
そして通貨も変わります。ノルウェーではクローネでしたが、スウェーデンはクローナでございます。

さすがはプロダクトデザインの有名な国。いたるところにかわいらしいおもちゃ屋さんや、生活雑貨屋さん、ガラス工芸のお店などなどいたるところにちらほら。

こんなゴミ袋もかわいいと思いませんか。その名も「the big bag」

<img alt="Scandinavia07 053.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20053.jpg" width="422" height="317" />

ストックホルムの家も瓦屋根でございました。ちょっと日本家屋の雰囲気に似ていると思いませんか。

<img alt="Scandinavia07 060.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20060.jpg" width="422" height="317" />

そして観光名所とも知られているガムラスタン島。ここはちょうど街の真ん中にある島でございます。
このような石畳の狭い路地でできているまさしく中世の街並みそのままです。

<img alt="Scandinavia07 103.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20103.jpg" width="317" height="422" />

<img alt="Scandinavia07 078.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20078.jpg" width="317" height="422" />

ノルウェー、スウェーデン両国とも食べ物はサーモンなどの魚介類が豊富でしたのでとっても幸せでした。
さすが税金が高い分、街はきれいに整備されておりごみも少なくきれいで、比較的安全で安心して旅行ができました。（もちろん安全といってもやはり初めての土地ですからある程度は気を引き締めて行動しないといけませんが。）

そんな５日間の充実した旅行でございました。]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>オスロの街角の写真</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/04/post_114.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=3026" title="オスロの街角の写真" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.3026</id>
    
    <published>2007-04-09T15:14:54Z</published>
    <updated>2007-04-09T16:15:21Z</updated>
    
    <summary>さて、前回のお話の続きと申しますか今日は写真をメインにしてみます。 北欧だということで春ではございますが冬の格好で行ったものの、毎日晴天に恵まれ暖かかったのでとてもラッキーだったと思います。 オスロはフィヨルドの海のそばの街。海の鳥の代表カモメさんもあちこち街中をうろうろしておりました。 海のそばなのに風がとってもおだやかなのです。 パン屋さんの看板です。このパンよく見かけるんですが名前がわかりません。。。 プレッツェルと個人的に呼んでいるのですが定かではございません。 「魔女の宅急便」のキキが住んでいるような感じの街です。 オスロのセブンイレブンです。 イギリス、フランス、イタリアでは見たことがないのできっと北欧のみなんでしょうね。 なんだか親近感が沸きました。 そして個人的におもしろいな、と思ったのがこちら。 歩行者用の信号なのですが、なんで赤信号の部分が二つあるんでしょうね。 なんて面白い発見を見つけながら今度は電車で隣の国へと足を運ぶわけでございます。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[さて、前回のお話の続きと申しますか今日は写真をメインにしてみます。

北欧だということで春ではございますが冬の格好で行ったものの、毎日晴天に恵まれ暖かかったのでとてもラッキーだったと思います。

<img alt="From yuki.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/From%20yuki.jpg" width="311" height="467" />

オスロはフィヨルドの海のそばの街。海の鳥の代表カモメさんもあちこち街中をうろうろしておりました。
海のそばなのに風がとってもおだやかなのです。

<img alt="Scandinavia07 019.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20019.jpg" width="317" height="422" />

パン屋さんの看板です。このパンよく見かけるんですが名前がわかりません。。。
プレッツェルと個人的に呼んでいるのですが定かではございません。

「魔女の宅急便」のキキが住んでいるような感じの街です。

<img alt="Scandinavia07 028.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20028.jpg" width="422" height="317" />

オスロのセブンイレブンです。
イギリス、フランス、イタリアでは見たことがないのできっと北欧のみなんでしょうね。
なんだか親近感が沸きました。

<img alt="Scandinavia07 006.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20006.jpg" width="422" height="317" />

そして個人的におもしろいな、と思ったのがこちら。

<img alt="Scandinavia07 026.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20026.jpg" width="317" height="422" />

歩行者用の信号なのですが、なんで赤信号の部分が二つあるんでしょうね。

なんて面白い発見を見つけながら今度は電車で隣の国へと足を運ぶわけでございます。]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>オスロのお話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/2007/04/post_113.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://blog.eigotown.com/mt33/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=34/entry_id=2962" title="オスロのお話" />
    <id>tag:blog.eigotown.com,2007:/Kana_Takahashi//34.2962</id>
    
    <published>2007-04-01T19:06:10Z</published>
    <updated>2007-04-01T19:23:47Z</updated>
    
    <summary>友人と先日まで北欧はオスロとストックホルムへ旅行へ行っておりました。 オスロはノルウェーの首都、ストックホルムはスウェーデンの首都ですね。隣同士なので言語も似ております。 その中でなかなか難しいのが通貨の計算。 ＥＵの加盟国であるものの、ノルウェーはクローネ、スウェーデンはクローナ。そして少しですがレートも違うのではじめはちょっと戸惑いました。 そんなときユーロってなかなか便利なものだなと思います。 さて、そんなオスロに向かう私達はのっけからつまづきました。飛行機に乗り遅れたのです。。。 ７時間以上待って次の飛行機に乗れたからよかったもの、もしも一日一便しかなかったら大変でした。 というか、飛行機に乗り遅れることってあるんだ、と実感。。。 せめて離陸２時間前には空港にはいたいところですね。 ま、それはさておき。 そんな真夜中に着いたオスロ中央駅周辺はなんとも近代的な建物がたくさんあった街。 すべてガラス窓でできているかのような建物ばかりだったのです。 きっと太陽の光をいっぱい浴びたいからなんでしょうね。 夏は日照時間はかなり長いですが、冬は２時３時には夕方だと聞きます。 そんなきれいな町並みオスロのポストがこちら。 北欧はプロダクトデザインで有名なエリア。かわいいポストですよね。...</summary>
    <author>
        <name>高橋 加奈</name>
        <uri>http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="en" xml:base="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/">
        <![CDATA[友人と先日まで北欧はオスロとストックホルムへ旅行へ行っておりました。

オスロはノルウェーの首都、ストックホルムはスウェーデンの首都ですね。隣同士なので言語も似ております。

その中でなかなか難しいのが通貨の計算。
ＥＵの加盟国であるものの、ノルウェーはクローネ、スウェーデンはクローナ。そして少しですがレートも違うのではじめはちょっと戸惑いました。
そんなときユーロってなかなか便利なものだなと思います。

さて、そんなオスロに向かう私達はのっけからつまづきました。飛行機に乗り遅れたのです。。。
７時間以上待って次の飛行機に乗れたからよかったもの、もしも一日一便しかなかったら大変でした。

というか、飛行機に乗り遅れることってあるんだ、と実感。。。
せめて離陸２時間前には空港にはいたいところですね。

ま、それはさておき。

そんな真夜中に着いたオスロ中央駅周辺はなんとも近代的な建物がたくさんあった街。
すべてガラス窓でできているかのような建物ばかりだったのです。

きっと太陽の光をいっぱい浴びたいからなんでしょうね。
夏は日照時間はかなり長いですが、冬は２時３時には夕方だと聞きます。

そんなきれいな町並みオスロのポストがこちら。

<img alt="Scandinavia07 011.jpg" src="http://blog.eigotown.com/Kana_Takahashi/Scandinavia07%20011.jpg" width="317" height="422" />

北欧はプロダクトデザインで有名なエリア。かわいいポストですよね。]]>
        
    </content>
</entry>

</feed> 

