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先日のお話の続きとも言いましょうか、今日は福沢諭吉とヨーロッパのお話です。
福沢諭吉さんのプロフィールをちょっとお話いたしましょう。彼は1834年、中津藩(大分県)の身分の低い武士の家で生まれ、オランダ語と英語を学び、若いころから西欧の新しい学問に通じていました。

福沢諭吉は使節団の通訳として欧米に赴き、「富国強兵」をスローガンに掲げる日本のためにたくさんの知識や情報を探します。それが1862年のお話。
例えば郵便制度。これはフランスでの発見でした。諭吉は「どうして小さな紙切れ(切手)を貼った手紙を箱(ポスト)に入れただけで相手に届くのだろう?」と4日間人に聞いて回って納得し、「なんてかしこい方法だろう」とびっくりしたそうです。
そして鉄道ですね。しかしパリ、ロンドンと、日本の鉄道の決定的な違いがございます。
イギリス視点でお話いたしますと、1836年の2月、場所はロンドン郊外バーモンジーのデプトフォード(Deptford)からスパロード(Spa Road)の間で初の鉄道が生まれました。これはロンドングリニッジ鉄道会社(London and Greenwich Railway company)という会社が作りました。
そしてロンドンでは競って違う鉄道会社が違う路線を作るようになりました。

(London's Transport Museumより)
ですから今、ロンドンには大きな駅がおよそ6つほどございます。そして駅それぞれの路線を持っていて、イギリスの北に行きたければキングスクロス駅(King's Cross)、南に行きたければヴィクトリア(Victoria)駅、海外に行きたければウォータールー駅(Waterloo)と分かれています。
しかし日本の鉄道は違いますね。東京駅が北から南まですべての路線をカバーしております。
そして日本最初の鉄道はイギリスから購入したそうです。
他にも学校、病院、動物園などなど、諭吉にとっては新鮮なお話ばかりで、そして1866年に「西洋事情」という本を出版。いよいよ日本近代化の幕開けとなりました。
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