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ロンドン東部のお話 August 30, 2006
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リバプールストリート駅(Liverpool street)の周辺はマーケットや若いデザイナーのお店、クラブ、ギャラリーなど、なんともコンテンポラリーなエリア。
今のロンドンを知りたい人たち、ファッションデザインやファインアートを勉強している人にはおすすめのホットなエリアです。
私もちょろちょろと行くのですが、先日友達と人気のいない静かな通りを歩いてみました。
夜(昼でも)の散歩は十分ご注意してくださいね。

ちょっと黒ずんだレンガの家なんてなんともミステリアス。ロンドン西側の家の雰囲気ともまた違いますよね。

格子の向こう側はなんだかプライベートな雰囲気が強い感じがいたしました。
なんだか人の生活をちょっと覗いたような気分です(笑)
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 7:56 AM |
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音楽の世界のお話 August 28, 2006
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タイトルでは音楽と書きましたが、実はまたまた建物のお話。
ロンドンの西側にロイヤルアルバートホールという、円形のとても豪華で大きな建物がございます。
ここもとても有名なものでして、オーケストラやオペラの会場などに使われます。
そんなアルバートホールの向かいには有名な王立音楽大学(Royal College of Music)があり、素敵な演奏者の卵さんたちが日々勉強をしております。
ここの大学は一般の方でも入れるそうなので、興味がある人は行ってみてはいかがでしょうか。
時々コンサートも行われているようです。
そんな音楽だらけの場所のすぐ近くになんともまぁかわいらしい建物を発見いたしました。

こちらも音楽に関係のある建物のようです。
めいっぱいドレスアップしてぜひいらしてくださいね。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:37 AM |
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緑のお話 August 26, 2006
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小さな都市、ロンドン。
ここはたくさんの観光名所がございますが、ちょっとそういうところから離れてみるとなんとも面白い風景に出会えたりもするのです。
名所のひとつ、バッキンガム宮殿。
ここは女王エリザベス2世のお家です。おもちゃの兵隊さんのパレードも1日2回行われます。
宮殿のてっぺんにあるユニオンジャックの旗がございましたら、女王は宮殿にいらっしゃる、という意味なんですよ。
そんな宮殿の前の大きな道、The Mallの歩道はなんとも緑がきれいな葉っぱの屋根の道なんです。
その葉っぱの隙間から日の光が差し込めばなんとも気分がさわやかになりますね。

兵隊さんのパレードの時間はとても混んでいますのでリフレッシュに歩いてみてはどうでしょう?
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 7:42 AM |
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地下のお話 August 24, 2006
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ヨーロッパはとても地下のスペースが多い国だと感じます。
たとえばイタリアのミラノ。
私がヒールの靴で歩いていて、油断すれば必ず鉄格子の道路(歩道?)にひっかかりました。
そして鉄格子の道が多いんです。なのであまりにも頻繁にひっかかるものですから、鉄格子の中を覗いてみたんです。
その鉄格子の下にはまた地下の道があるんですね。アスファルトでできた地下の道。
用途はわかりませんが結構地下スペースが多いのです。
そしてロンドンには地下の道はありませんが、家が地下だったり(Basement flat)、ほとんどのレストランの厨房やトイレは地下にございます。

地下の家と言いますと、なんとも暗いイメージですがちゃんと日の光が入るように工夫されているんですよ、大丈夫。そして地上の家よりもちょっと安いんです。
ちゃんと窓があるでしょ??

そしてこちらが地下の家の玄関です。
各国それぞれの気候や特徴を生かして建てているんですね。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:25 AM |
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赤レンガの建物のお話。 August 22, 2006
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今回はロンドンの中心よりもちょっと西側の高級なエリアのお話です。
South Kensington駅からちょっと南へ向かいますと、赤レンガの建物がずらり。
古い家々が立ち並び、重厚感が漂います。

こちらは地震がめったにおこりませんので、建物の寿命ははるかに長いのです。築120年の家なんて日本では考えられないですよね。
実際私も新しい家を建てている光景をめったにみないし、こちらでは時々ペンキの塗り替えをしたり、中だけリフォームをする、というのが一般的です。
なので、昔は一軒家ですべての部屋はその家族で使われていた家は、鍵やリフォームで分けてアパートのようにもなっております。

こんな赤レンガの家に住んでみたいなんて思いますが、なにせ家賃がとても高いので当分無理のようです。
余談ですが、実はヴィクトリア時代の序盤あたりまで、ガラス税というものがかけられておりました。家一軒あたり何枚以上のガラス窓があると税金がかけられるという、なんとも不健康な税金であり、一部の中流階級者、労働者階級の家にはガラス窓はなかったそうです。
そういうことを考えながら、たくさんガラス窓がある家をみるとあぁ、と歴史の重みを感じてしまいます。
もっとも、ガラス税が廃止されてから建てられた家かもしれませんが。。。
こういうときこの建物はいつに建てられたのだろう?とすぐわかればもっと楽しいのでしょうね。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:17 AM |
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リバティデパートのお話。 August 20, 2006
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私は服には目がありませんのでウィンドウショッピングがてらよくデパートに行きます。
ロンドンは意外にも小さい都市なので、東京の伊勢丹のように同じデパートがあちこちにあるわけでもなく、一つ一つ違う、それぞれのデパートの雰囲気やコンセプトが違うのでおもしろいです。
その中にリバティ(Liberty)という老舗のデパートがございます。
先日、イギリスのプリント地でウイリアム・モリスとリバティ柄がある、という話をちょっといたしました。
そのリバティ柄の布を売るのがリバティデパートであり、ブランドでもあります。
かわいらしい小柄の花模様の布がたくさんです。
リバティデパートは1875年にオープンし、当初はオーナメントや布、日本の工芸品などを売っていたそうです。


これらは20世紀前半の布デザインでございます。ヴィクトリア&アルバートミュージアムで見れますよ。

これは最近の布デザインです。なんとも色使いがステキです。
手作りの小物を作られる方は一度覗いてみてはいかがですか?
画像はV&Aホームページとリバティホームページから抜粋。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:03 AM |
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新しい布のお話 August 18, 2006
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長々と布のお話に付き合っていただきありがとうございます。
今回で布の歴史お話は最後です。
さて、1600年から200年以上が過ぎ、イングランドでは様々なデザイナーの方も増え、イングランド独自のデザインの布を作り出している頃、ビクトリアン時代に入ります。
そう、ロンドン万博、電話、郵便制度などが出始めた時代です。
イギリス東インド会社は1874年に解散いたします。
そんな中、William Morris(1834-1896)というテキスタイルデザイナーがおりました。彼はインド更紗などからイングランド独自の雰囲気のあるプリント布をデザインした人です。

モリスは直接インド更紗の歴史とはかかわってはいませんが、今でも彼のプリント布は有名ですし、ヴィクトリアンなイギリスの布だわ、と今では代表的なデザインだったりもするのです。
ちょっと歴史背景を知ると面白くなりませんか?もちろんすべてのイギリスの布がインド更紗から影響うけているわけではありませんよ。
ちょっとしたひとつのエピソードということで。


余談ですがちょうどこの頃、また新しい染料の開発に成功します。アリニン染料といいまして、とても深い紫を作る色です。
ヴィクトリア時代に生きた上流階級の女性たちの服やインテリアはますますカラフルになりますね。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:17 AM |
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English更紗のお話 August 16, 2006
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こうして一度インド更紗の歴史にピリオドを打ちましたが、今はまた復活していますよ。大丈夫。
せっかくの思いを無駄にはできませんからね。
インド更紗はきっと日本でもお目にかかれると思います。興味を持った方はぜひ。
さて、実はインドだけが悲劇のヒロインだったわけではありません。もちろんイングランドでも何かしらの問題を抱えるようになります。
まずはインド更紗が大流行したおかげで、今までのイギリス国内の布生産が衰えます。色淡い国産の布は売れなくなったからですね。
おかげでインド更紗を受け持つ業者(と言っていいのかわかりませんが)はうなぎのぼりでしたが国内で生産する会社は衰退してしまいます。
そんな中、インド更紗は徐々に数が減っていったというのもありまして、イングランドでも更紗を作ってしまおうという人が出てくるようになりました。
それはインド更紗のデザインをまねたものだったり、ちょっとアレンジしたものだったり。
ちょっと付け加えますと、インド更紗は宗教的な絵のある布もありました。それを好まないイングランド人ももちろんいましたので、きっと前からデザインのオーダーはしていたと考えられます。
さて、イングランドの更紗と申しましてもきっとインドで作ったものもあると思います。。。これもインド更紗の衰退の原因のひとつだったかもしれませんし、そして他にもきっと理由はあったでしょう。たとえば上流階級者の中にはインド更紗のデザインに飽きてしまった人が出てきたのかもしれませんね。
ちなみに更紗はChintz(チンツ)といいます。
そしてEnglish Chintzが生まれます。

イギリス更紗、と言いますとスコットランドや他の地域も入ってしまいますのでここではイングリッシュ更紗と書かせてください。
後にはイングランド更紗をデザインするデザイナー達も登場いたします。

こちらはBannister Hallさんという、おそらくプリンターの方の作品ではないかと言われております。
なんだかちょっとづつアジアンな感じはなくなっていると思いませんか?
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 7:48 AM |
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綿布のお話 August 14, 2006
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さて、前回の続きのお話です。
インド更紗が流行りだし、上流階級者のステータスともなったインド更紗。
しかし両国に悲しい出来事が起こります。
インドでは布の生産に追われ、しかも低賃金で働いていたことからインドはお金がなくなってしまいます。(もちろん、更紗生産だけが理由ではありません。)ですから病に倒れる人などで人手不足となり、品質も下がってしまいます。
ちょっと話はずれますが。。。
実際なぜ綿布が今でも基本の布地とされているか、それはインド更紗のおかげと言っても過言ではないと私は思います。
なぜなら綿花はとてもデリケートな植物で、薬品をまかないとすぐ害虫にやられてしまうし、天候にも左右されやすいものなのです。
しかも昔はそんな便利な薬品などはきっとなかったでしょうから、害虫から綿花を守るというのは大変な仕事だったと思われます。
実際、今でも綿花に薬品をまく生産者の健康にも害をもたらすという問題もございます。
でもなぜ綿は巷にあふれているのか、布=綿布という発想は世界中に衝撃をあたえたインド更紗の影響ではないかと思うわけです。もちろんインド更紗はイングランドだけではなく、中国などの東洋の国でも人気でした。
私は東洋のテキスタイル史には詳しくないので「人気でした」とだけ言っておきます。
肌触りもよくて通気性にも富み、そして吸水性にも優れたものですから昔も今も愛されているのでしょうね。
そんな素材を発見し、古代から一緒に暮らしてきた代表国がインド(又はその周辺)であり、先人の知恵を引き継ぎながら、昔ながらのインド更紗を生み出していましたが布生産は低迷し、インド更紗は姿を消してしまいます。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:20 AM |
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インド更紗のお話 August 12, 2006
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今回はちょっと歴史のお話をさせてください。
私はテキスタイル科で勉強をしているので布に関するお話です。
長くなりすぎるのもあれなので、大まかに話させてください。
イギリスではプリント地の布、キルトなどが有名です。
プリント地といえば、ウィリアム・モリス(William Morris1834~1896)がデザインしたプリント布や、リバティデパートの顔とも言われるリバティ柄布がみなさまに親しまれております。
キルト地といえばスコットランドの民族衣装のタータンチェックの織布ですね。
今回はスコットランドではなくイングランドの布の変化の始まりのお話。他のヨーロッパの国の間でもなにかしらありましたがイングランドのお話だけいたします。
話はさかのぼって1600年、インドに東インド会社を設立したイングランドはコットン布や茶をメインにインドと取引する一方、徐々にインドを植民地化していきました。
実はインドは昔から綿の産地で、インドの綿布は良い品質のものでした。
しかもインダス文明の頃からすでに発色のいい美しい色の染料を発明していたそうですから、色の鮮やかさでもすばらしい布がインドで作られておりました。
インディゴブルーというのはご存知でしょうか。あの深い青はインド(又は周辺)が発祥の地なのですよ。
これらの布はインド更紗と呼ばれています。

その当時、ヨーロッパで作られた染料はとても淡い色のものばかりで、なかなか鮮やかな色のものは作れなかったそうで、インド更紗に目をつけたイギリス人(他ヨーロッパの人々)は直ぐにインドと貿易を始めます。
もちろんインド更紗は安い値で売られ、強制労働のもとで作られていましたので貿易とは名ばかりですが。。。

そんな一方、イギリスではインド更紗は大流行しまして、インド更紗のドレスや家具などが上流階級の人々のブームになったのです。
画像はVictoria & Albert Museumのホームページから抜粋させていただきました。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 7:28 AM |
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ロンドン北部のお話 August 10, 2006
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さて、今回はロンドン市街よりも北のエリアのお話です。
こちらの地下鉄、バスはゾーンで区切られており、ゾーン1が中心、離れていけばゾーン2、ゾーン3、と数字も地下鉄、バス料金も高くなっていきます。
そんな北のゾーン3にある、Highgate駅からバスで5~10分のところにある、Muswell Hillという、なんともまぁ閑静でおしゃれな住宅街がございます。
Muswell Hillという名前どおり、ここは少々丘になっていましてロンドンの中心を一望できるのです。
実際イギリスには高い山はないそうで、小高い丘ばかりのようです。

なぜわざわざゾーン3まで足を運んだかといいますと、この日「スチームフェア」という、移動式の遊園地が週末だけやってくる!ということで、しかもなんともまぁレトロな雰囲気でかわいらしいと有名でしたので
行ってみたわけです。

たくさんの子供たちがわいわい楽しんでいて私も何かひとつ乗ってみたいなぁなんて思いましたが・・・。
やっぱり恥ずかしさというものに負けてしまいました(笑)

これは昔のUFOキャッチャー、というよりShipキャッチャーです。
なんと木枠で出来ているんですよ。素敵でしょ?
£1でメダル8枚と交換して楽しく遊びました。やっぱり昔も今もあのクレーンの手は弱く作られていますね(笑)
中には1シリング(Shilling)、という1971年以前に使われていた硬貨の単位も書かれてあったのです。
こういう、昔のおもちゃを今の子供たちにも、という姿勢がなんとも素敵ですね。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:39 AM |
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サマセットハウスのお話 August 8, 2006
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テムズ川に掛かる橋の上から撮ってみました。

Southbankエリアからテムズ川を挟んで北の方に、とっても大きな白くて美しい建物がございます。(残念ながら外観の画像はありません。ごめんなさい。)
サマセットハウス(Somerset House)と言いまして中には3つの美術館と、カフェ、冬には中庭にスケートリンクが現れます。
この周辺は16世紀、上流階級の人々にとって人気の場所でいわゆる高級住宅街だったそうです。
Edward Seymour(エドワード・シーモア)という貴族がおりました。彼はヘンリー8世の息子、エドワード6世が若く、イングランド王にはまだ早いということで、護国卿という王権に匹敵する最高統治権をもつ権限を持っておりました。
最高の権限を持つ彼の家(になるはずだった)がサマセットハウスなのです。
16世紀中期に着工したのですが、近辺に住む貴族や教会の人々は着工に反対しておりまして、いろいろトラブルもあり、1552年、エドワードは処刑や幽閉するためのTower Hill(タワーヒル)に幽閉されてしまいます。
後にはサマセットハウスはプリンセスエリザベス、後のエリザベス一世のものになります。
約450年の歴史を持つサマセットハウスは様々な戦争や劣化により建てかえられ、昔建てられたサマセットハウスとは違いますが、それでもその美しさとすばらしさは今でも輝いております。
その中にあるひとつの美術館の写真を撮ってみました。

美術館の中にはゴーギャン、モネ、マネ、ルノアール、ゴッホ、ドガなどの絵が展示されております。
学生証があれば無料で入れますよ。
ここの美術館はとってもおすすめです。静かな中で絵をじっくり見ることができるのです。
そして地下へと通じる石段です。磨り減っては修復していますね。歴史の重みが感じられる石段でした。

サマセットハウスのテラスからの風景です。

サマセットハウスのホームページはこちらからどうぞ。
英語表記ですがぜひのぞいてみてください。11月まではティファニーのジュエリーの展示が行われているそうです。
http://www.somerset-house.org.uk/
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:08 AM |
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ロンドンのシンボルのお話 August 6, 2006
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私は先日お話しましたカナリーワーフから地下鉄でLondon Bridge駅まで行き、そして川沿いをしばらく歩いてここ、Southbankエリアに着きました。

Southbankエリアを歩いていくとロンドンの象徴的建築物、ビックベン(Big Ben)がございます。
これはロンドンの中心よりもやや南にございます。
みなさんはピーターパンを見たことはありますか?ネバーランドに行く前、ウェンディたちとビックベンの時計の針に止まったんです。そしてネバーランドに旅立ったのですよ。
ビックベンというのはウエストミンスター宮殿(Palace of Westminster)の一部です。今は国会議事堂として使われており、きっと今頃重要な会議でも行われているのかもしれません。

他にも周辺にはとっても大きな観覧車、1カプセルに20人入れるというロンドンアイ、水族館、ダリミュージアム、現代アート美術館(サーチギャラリー)、週末には古本の青空市もやっています。

夜にはこんな遊歩道も。

ここは歴史とモダンが融合しているエリア。昼、ゴシック建築のディテールを見て、そして夜はモダンな雰囲気の中を散策。
それぞれの時代を生きた人たちの気持ちが混ざり合っているのです。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:37 AM |
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ロンドン南東部のお話 August 4, 2006
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実は私、今夏休みということで日本に帰っています。
そしてしばらく東京に滞在していたのですが、場所によってそれぞれの地域の顔が違うものなんだなぁなんて改めて感じたわけでございます。
さて、もちろんロンドンにもエリアによっては様々な顔がございます。
今日は今とってもあつい場所、ロンドン南東部についてお話させてください。
テムズ川の南側で、ちょっと中心街から遠いところに位置するカナリーワーフエリア(Canary Wharf Area)は1802~1980にかけてにぎやかな埠頭だったそうです。
しかし第二次世界大戦中、カナリーワーフエリアはかなりの攻撃を受け、修復はされたのですが、しだいに埠頭としてのカナリーワーフは落ち込んでいき、1980年には埠頭はなくなったそうです。
おかげでたくさんの人々は職を失い、イギリス政府としてもかなりの損害だったようで、1981年、政府はカナリーワーフを復活させようの会を設立。
おかげで今は大企業の本社ビルが立ち並ぶ、とってもロンドンとは思えない近代的な街が生まれました。

週末、ここのエリアはとっても静か。ちょっと違うロンドンを見たい方、建築に興味がある方はぜひ足を運んでみてくださいね。
バスで行くなら途中、信号の大きなオブジェを見ることができます。
電車で行くならぜひ先頭車両に乗ってください。運転手さんの隣に座れます。
ね?素敵でしょ??

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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 7:57 AM |
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ポテトのお話 August 2, 2006
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イギリスの料理と言えば?と聞きますとたいていの方は
「Fish and Chips」と答えるでしょう。

今回は「Chips」の英語についてお話いたします。
またまたここにも英語と米語の違いを思い知らせるものがございまして、イギリスでは日本語でいうチップスとは違った意味がございます。
簡単に説明いたしますと、
日本語&米語;ポテトチップス=英語クリスプス(Crisps)
日本語&米語;フライドポテト=英語;(ポテト)チップス
となるのです。
私も一度失敗したのですが、パブで私は日本でいうポテトチップスを食べたくて
「Chips please!」
とオーダーしたらなんとフライドポテトが出てきたという(笑)
そしてあとあとこのワナに気づいたのです。
英語もいろいろあるんですねぇ。。。
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| 投稿者: 高橋 加奈 日時: 8:15 AM |
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