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アメリカ在住時、オーランドにあるディズニーワールド(Walt Disney World Resort)に行きました。
娘3歳、息子は1歳の時で、ディズニー好きな娘は大喜び!キャラクターも、子供が寄ってくるとしゃがんでくれたりして、どの子供たちもみな楽しそうにしていました。
娘は得に白雪姫に色々話しかけてもらい、ほっぺにチューしてもらったことが嬉しかったらしく「しらやきひめ、すてきだった~(しらゆきと言えなかった)」と思い出してはうっとりとしていました。
アメリカの次は日本に1年住んでいたのですが、その時住んでいた社宅が東京ディズニーランドの近くだったので「やっぱり行こうか~」と行ってきたのですが・・・・・・
東京ディズニーは、どちらかというと大人対象らしく「きゃ~」と集まる大人にニコニコと笑いかけ写真に応じたりするものの、娘など小さな子供には視線がいかず(というよりも、大人たちの波に飲まれてるのですが(笑)、娘はたちまちショボンとしてしまいました。
そして「アメリカのしらゆきひめの方がいい」(この時は正しく言えるようになってました)「日本のおうちは庭がないし嫌い」「アメリカに帰りたい」と、今まで溜まっていた気持ちをぶつけてきたのです。
その日は平日で、午後には小雨も振り出したため人も少なくなり、最後にはドナルドと手をつないで歩いたり、キャラクターものと触れ合えたので最終的には満足していましたが、その時すでに台湾への転勤話が出ていたので、また親の都合で移動させて可哀相だなぁと思ってしまいました。
旦那は転勤族なので、今後も5年おきくらいに移動を強いられるでしょうが、義務教育が始まり年齢も上がると色々な問題が出てきそうで頭が痛くもなります。
台湾に来てからも、幼稚園には嫌がらずに通い出したものの、最初に1ヶ月は「こわい、幼稚園のみんな、こわい」と言ったりしていました。先生が早く慣れるようにと、英語の先生以外は皆が北京語で話しかけてくれていたので、全く分からない娘は怖くて仕方なかったみたいです。クラスメートも何を言っているのか分からず、これは彼女にとって大きなジレンマとなっていました。
でも、すぐに仲良しの友達が出来て、人懐っこい台湾人ばかりで居心地が良かったということも手伝って、6ヶ月経った今では北京語で会話も出来るようになり、壁を完全に乗り越えてしまいました。
さて、娘が早い段階で覚えてきた北京語の中に、人気アニメのキャラクター名などがありました。日本のアニメなのですが、全て北京語に訳されいるのです。家でもそのアニメを北京語で見るようになり、幼稚園で友達とそのことについて話し、どんどんと会話力がついたのだそうです(先生談)
ちなみに、こちらでは「おかあさんといっしょ」のグーチョコランタンもやっているのですが、スプーはシャプーと呼ばれています(笑)
大人でも、流行のドラマや映画、音楽などがきっかけで話が盛り上がることがりますよね。子供も一緒なんだなぁ~としみじみ思ってしまいました。
10年程前に外で働いていたときのこと、イギリス人の同僚と休憩時間が一緒になり、当時物凄い人気を誇っていたスパイス・ガールズをネタに話が盛り上がったことを思い出してしまいました。
スパイス・ガールズなんて、忘れかけている人が多いかと思いますが・・・・・・もし、懐かしかったり興味があったらポッシュとして「ガールズ・パワー」を叫んでいた【ヴィクトリア・ベッカム】に執筆しているので読んでみてください!
全世界でヒットしたグループなので、懐かしのネタとしてふれば会話が盛り上がるかもしれませんよ~
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