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さっき、せっかく書いた2つのエントリーを削除しました。
だって、ここに書いたことは実際あったことだし、今も生身で生きている当時のわたしの
生徒たちなんです。
あの頃は、反抗期だったし、無理からぬ事情もあったのかもしれません。
でも、今じゃいい思い出になっているかもしれない
ミシガンの学校生活をそっとして置いてあげようと思いました。
一人一人の事はお話するのは止めておきます。
ただ、言い出してしまったし読者の方はわたしがどうなったのか
気になると思いますので
あらすじだけここに書いておきます。
「答えを教えない」わたしを無視しだした生徒たちに
一人一人塾に来るお母さんたちがどんな理由で子どもたちを英語のクラスにいれることに
なったかを話して納得させていきました。
始めは抵抗していた子どもたちもだんだんと理解を示す様になりました。
一番厄介だったのはいい成績を子どもが持って帰ってこなくなったことを
学校に文句を言いに行った父母でした。
最後まで、受験の時にいい成績を提出できない・・・とぼやいていたのは
補習校でも幅をきかせていた教育ママさんでした。
2年後小学校でもミドルスクールでもスムーズに授業が進むようになったころ
主人に日本駐在の話が持ち上がりました。
ず~とミシガンで子育てしていくと思っていたわたしには
大、大事件勃発 でした・・。
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