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わたしは、アメリカの公立の学校で教え始めてから
塾のお母さんたちが話していたことにやっと合点が行った。
英語のクラスに入塾する子のお母さんの中には
「先生、家の子3年もこちらの学校に通ってるのに英語できないんです」
なんて言う人がいたのだ。
「いえね、会話はそこそこ出来るんです」
「成績もいいんですよ・・・でもこれを見てください」
お母さんが差し出したのは SAT というこちらの大学へ入るための統一試験の練習結果だ。
この試験は何度か受けられ 早い子は 高校生になるとすぐ勉強を始める・・・。
数学が全米の子どもたちの中のトップ10%に入っているのに
英語が・・・全米のこどもたちの下から3%以内なのだ・・・・。
確かにこりゃ驚く!
塾に駆け込んできてもおかしくない・・・。
わたしは、いつも不思議に思ってたのだ
学校で成績の良い子がなんで
SATの英語ででこんな成績なのか・・・。
「そうか・・学校にはわたしの様に日本人の子を助ける先生がいて
その先生がテストになると助けてたんだ・・そして、家に帰れば家庭教師が宿題を一緒にやってくれる・・だから成績が良くても英語できないんだ」
う~ん、納得!
でも、そんな状況に飛び込んで、
子どもたちは急に「答えを教えてくれない」わたしを受け入れるわけがないのだ・・・あなたならどうする?
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英語だけでなくて 生きる力 愛する力の問題ですね。
うーん。
今の 子供たちが 正答だけ 求めて
自分で解く 喜びを知らない。
言葉も お互い意志を 伝え合う
スキルだけでは無く
自分の思考を成り立たせていくものですよね。
「この言は、初めに神と共にあった。
万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
ヨハネによる福音書 1章 2-4」
コミュニケーションが 下手だなと
感じることが多い。 私自身の問題です。