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「ひさしぶり~!お母さん」
と言ってハグしたのはわたしの本当のお母さんじゃありません。
みんなの憧れ?ホストマザーです。
こないだホストファーザーを登場させたのでお母さんも出すことにしました。
日本に夏休みの間帰っていたわたしを暖かく迎えてくれた ホストマザー!
でも・・あれ・・・・胸が片方 ない! ない!
「胸どうしたの?」
「癌が見つかって手術したのよ」
「えー!大丈夫?」
「見つけたのが早かったから大丈夫よ。胸は片方なくなったけど・・」
このとき本当にホストマザーは寂しそうな顔をした。
でも、女は強いのだ・・。
「これを機会に大学にもどることににたのよ。子ども達も大きくなったし」
わたしは、彼女の言葉に耳を疑った。
だってお母さん 50歳越えてたんだもの。
えー!そんな年で勉強?と思いません?
それも、彼女の目標は チョー難しい「生化学」の博士号です。
その九月から彼女は、わたしと一緒に大学院へ通い続けました。
学生として色んなことを話し、励まし合い、テストの前にはボロボロになりながらも
やっぱり家事をしてご飯をつくり子ども達の良きお母さんでした。
彼女には4人の子どもがいましたが、全て養子です。
彼女は、血液型の関係で子どもの産めない身体でした。
だから、わたしもその家の子どもとして本当に平等に扱われました。
お客さんではないので皿洗いも料理も掃除も手伝いました。
時には孫のベビーシッターまでやりました。
日本の家庭で何もしてこなかったあまやかされた留学生のわたしには
少々厳しいお母さんでした。
でも、そのぶん愛情も注いでくれました。
お客さん扱いされなかったこと家族の一員になれたこと嬉しかったです。
そんな彼女を見て育ったせいか2人の娘たちは、すごーくしっかり者でした。
1人は、ビジネススクールを卒業し、バリバリのキャリアウーマンです。
もう1人は、法律家です。
2年後、わたしは、修士号を
お母さんは博士号を
娘さんは法学部の卒業証書を手にして一枚の写真におさまりました。
3人そろってとても嬉しそうな笑顔です。
お母さんはその後退職するまで「生化学」の教授として教壇に立ち続けました。
私達娘は、それぞれに結婚し子育てをしています。
時々この写真をみるとあのお母さんのぬくもりを思い出し涙がちょちょぎれてしまいます・・・。
これ以上書いてると涙止まらなくなるので この辺で失礼します。

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ホスト・ファザー、素晴らしい人だと思いましたが
マザーも素敵!!!
見習うこといっぱいありそうで、
豊かな人たちにめぐり合えてHiromiさんは、
幸せ者ですね!^^