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ハロウィン in LA October 31, 2006
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本日は、ハロウィンです。日本でも最近はハロウィンパーティーも盛んのようですが、こちらは本場だけにかなり気合いが入っています。ハロウィンと言えば仮装。お子様の仮装がメインではありますが、乗りの良い大人も仮装しています。しかも、職場で・・・ 今日はトヨタのディーラーに行ったのですが、受付の女性二人は完全仮装状態で仕事していました。あれは、天使だったのかな?
今朝のニュースで言っていましたが、今年の大人の一番人気の衣装は、なんとメイドだそうです。しかもセクシーなメイド服が人気なのだとか。もちろん、日本のブームの影響です。OTAKU もすっかり英語になって、日本アニメの影響はアメリカでも大きいですね。
夜になると、子供達が各家を訪問してキャンディをおねだりします。以前うちに訪ねてきた子達です。

あと、ハロウィンと言えばカボチャのランタンですね。この季節は、スーパーや特設販売上で特大カボチャがたくさん売られています。

数年前に作ってみた写真です。意外と簡単にできました。この中にろうそくを入れて火を付けると、何とも良い雰囲気です。でも、熱のせいで変形してしまうので、一晩限りですね。
今日のひと言
Don't cut in. 割り込んじゃダメ!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 12:11 PM |
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サマータイム終了 October 30, 2006
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昨日より、カリフォルニア州もサマータイムから標準時に変更になりました。
昨日は、一日25時間。一時間とは言え、一日が長く感じます。休日だけに得した気分ですね。わずか一時間の時差ですが、ちょっと早めに目が覚めたり、プチ時差ボケが起きてしまいます。切り替わり時は、ちょっと大変です。
そんなことから、サマータイム大嫌いという人も中にはいますが、私も含め肯定派が主流だと思います。やっぱりお日様パワーを有効に使えるのは良いですよ。
日本でも採用すればよいのにと、思いますね。日本でも議論は盛んですが、否定派が多いようで実現は難しそうです。否定派が多数であれば採用しないのは当然ですが、その理由が気になりますね。聞いたところでは、「明るいうちは帰りづらいから、サマータイムは多残業に繋がる」というのが有力な理由の一つなんだとか。なんて馬鹿馬鹿しい理由! もっと本質的なメリットとデメリットを天秤にかけるべきじゃないでしょうか。根本的な意識改革が必要なようです。
今日のひと言
jet lag 時差
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 8:07 AM |
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暑い・・・ October 27, 2006
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今日の昼は30度を超えて、10月末というのにとても暑いです。先週くらいからとても暑い日が多いですね。真夏でもこの暑さは珍しいです。この季節の暑さの戻りをインディアンサマーと呼びます。
ロスの沿岸部は、夏でもとても涼しくて過ごしやすいですが、インディアンサマーは本当に暑い。下手すると、その年一番の暑さになります。もっとも今年は、真夏に非常に暑い日が一週間ほどあったので一番の暑さではないと思います。そういえば、7/24にも同じタイトルのエントリーを書いています。
この週末で、米国の夏時間の時期は終わり、日曜から標準時間に戻ります。段々と日が短くなっていくのを実感している今日この頃ですが、これが一気に一時間日没が早くなるわけですから、急に冬が来た感じがします。夏から一気に冬へ、ロス独特の季節感でしょうか。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 8:44 AM |
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茶の間フィルムフェスティバル October 26, 2006
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一昨日、仕事が終わってから茶の間フィルムフェスティバルに行ってきました。これはひと言で言うと、ハリウッドで開催されている日本映画祭り。ロス在住のすずきじゅんいち監督が、日本映画の米国での認知度を高めるために映画の本場ハリウッドで開催している映画祭です。今年で3回目です。日系メディアではかなり宣伝していますので、日系社会での認知度はかなり高いです。
すずき監督には、一度だけお会いしたことがあります。奥様は、女優の榊原ルミさん。日本映画への思い入れは、相当強いようですね。
会社からハリウッドへは、車で1時間ほど。もっと近くでやってくれればな〜、と思いつつもハリウッドでやるから意味があるんだよな〜、と一人で納得。ハリウッドへはあまり行き慣れないので、現地到着後劇場がなかなか見つけられずウロウロしてしまいました。

さて、今回観たのは「雪に願うこと」。伊勢谷友介と佐藤浩市が主演。久々の日本映画、なかなか良かったです。日本映画独特のスローテンポで暗いところが、良くも悪くも印象的でした。
平日の夜と言うこともありますが、お客さんの入りはもう一つ。英語字幕付きで上映されますので、アメリカ人の観客もちらほら見受けられました。
こんな楽しみがあるのも、ロスならではですね。
今日のひと言
Gotta go. 行かなきゃ!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 5:44 AM |
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週末は自宅のリフォーム-3 October 25, 2006
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一週間後、いよいよ取り付け。まずは、便器を元通りに。タイルの床に便器が乗って、便器もなんだか新しくなったような感じがします。
後は基本的には、キャビネットを置いて、カウンタートップを載せるだけ。1ボールから2ボールに変更なので、配管が少々面倒です。そしてできあがったのがこれ。

前と比べると、随分見栄えがするようになったと思います。費用は、1200ドルと言ったところです。安くはないですが、これで家を売るときの価格が1万ドルは上がった(かな?)
こう考えると、俄然モチベーションが上がりますね。さて、次はどこをリフォームしようか。
今日のひと言
Super! 最高! 絶好調!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 10:16 AM |
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週末は自宅のリフォーム-2 October 24, 2006
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リフォーム第一週目は、既存の設備のぶち壊しからです。洗面台のカウンタートップを取りはずし、作り付けの洗面台(昔はこのタイプが多い)を破壊、さらに配管も取りはずします。そして、床のリノリュームを剥がします。便器は再利用しますが、床を剥がすためには当然取りはずし。

まずは破壊。結構快感です。
洗面台も便器も無くなって、すっきりしたところで買い出しです。前から目を付けていたツーボールの洗面台を買いに行きます。こんな時、ミニバンが大活躍。乗用車だと、無理ですね。ついでに、壁塗り用の塗料も買ってきます。
載せるときはお店の人が手伝ってくれるので楽ですが、問題は自宅で下ろすとき。2階に上げないといけないので大変です。ここは体力勝負ですが、なんとかOK。最大の懸念事項でしたが、クリアしました。
仮置きして、正確な位置も決まりました。でも設置はまだ先。まずは、壁の塗装です。ここで一日目は終了。
日曜日は、30cm角のタイルを床に貼っていきます。これが地道な作業で2日目も終了。翌週に持ち越しとなりました。
今日のひと言
What's up? どう?(普通の挨拶です。)
Not much. 別に。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 8:56 AM |
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週末は自宅のリフォーム October 23, 2006
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私のProfile のページの「ブロガーへの8つの質問」を見ていただくと、
日曜日の昼下がり、何をするのが好きですか?
自宅のリフォーム
となっています。この週末とその前の2週に渡って、久々にリフォームプロジェクトを行いましたのでご紹介しておきます。
現在の自宅は、1975年建築のタウンハウス。築31年ですから、日本で言えば相当古い家ということになるでしょうが、こちらでは古いってイメージは無いです。平均的な古さという感じでしょうか。その前住んでいた家も築50年以上ですけど、そんなに古さを感じさせません。

築50年以上の以前の自宅。そんなに古くさくはないでしょう?
なぜかなと思いましたが、古い家でも比較的まどりをゆったり取ってあり、時代遅れという感じではないことが一つですね。50年前の家でも、セントラルヒーティングによる全館暖房が標準ですから、時代遅れにならないですよね。
それから、マメにメインテナンスされていることが大きいと思います。これは、アメリカ人が皆マメというわけではなく、住宅の売買方法の違いが影響していると思います。
日本では家は一生ものという考えが根強いですが、こちらでは中古住宅の売買が一般的で、買い換えも盛んです。家族の増減や収入の増減により、家を買い換えていきます。平均的な買い換えサイクルは7年程度とか。買い換えの時には、やはり住んでいたままでは売れないので、カーペットを換えたり、塗り直したり位は最低やります。ついでに、色んなアップグレードを行うと高く売れる可能性が高いので、買い換えの機会に家はきちんとメインテナンスとアップグレードがされて、価値も上がっていきます。
日本では築20年ともなると、家の価値はゼロなんて言われますが、アメリカでは基本的に家自体が年々上がっていきます。つまり自宅のリフォームは、使い勝手が良くなるだけでなく、自宅の価値を上げるという効果も大きいので、一挙両得、一石二鳥。私も含めて、趣味という人も多いようです。
今回のプロジェクトは、バスルーム。床は、リノリュームでややチープな感じ。洗面台は、ワンボールでいかにも昔風で時代遅れな感じ。
さて、どんな風にリフォームしましょうか。腕の見せ所です。
今日のひと言
As is. そのまま。保証無し。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 9:57 AM |
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在庫品に囲まれて暮らす October 20, 2006
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サラリーマン時代の個人売買の延長で始めた、MacのWEB通販会社 Vintage Computer。
当初は、Old Macの本体(中古)、Old Mac用のアップグレードパーツ(中古)、メモリ(新品)を中心に取り扱いを開始しました。ひと言で言えば、マニア向けのディープな世界です。零細企業は、特徴がないと生き残れません。他ではまず手に入らない商品を揃えることに力を入れました。日本向けの販売は、余計に送料がかかってしまうわけですが、他では手に入らない商品であれば、買っていただけます。こうして徐々に売り上げを伸ばしていきました。
同時に、保有する在庫も多くなっていきました。最初は、1ベッドルームのアパートには不似合いな、ガレージと物置部屋で何とかなりましたが、すぐに手狭になり、ベッドルームの壁三方に棚を設置しました。その棚に囲まれて寝るわけですが、もし大きな地震がきたら、棚が崩壊して在庫品が降り注いでくることになります。かなり危険な寝室でした。
それからこのアパートのもう一つの特徴が、広いバルコニー。さらに手狭になると、このバルコニーにテント小屋を建てて、収納しました。これには、管理人が見つけるや驚いて訪ねてきました。怒られるかと覚悟しましたが、危険な状態ではないことを確認すると、黙認してくれました。(幸いベッドルームは確認されず。)
しかし、さすがにこんな状態でいつまでもいるわけにはいかないな〜。アパートへ引っ越しして、一年くらい経った頃でした。
今日のひと言
Hi, there! こんちは!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 8:52 AM |
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リッチな駐在員から貧乏社長へ October 19, 2006
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'99年7月、トヨタ自動車を退職し、正式にVintage Computer 社をスタートさせました。これで、身分は社長になったわけですが、そんなにかっこいいものではありません。社長と言っても、妻が副社長で他に社員もいません。
まずは、生活のダウンサイジングが必要でした。駐在員時代、自宅は3ベッドルームの非常に環境の良いところでした。車も、トヨタの新車が二台支給されていました。いずれも、会社が費用を負担してくれていました。これからは自前だし、今後の収入も不透明だったので、これらの経費を小さくすることが肝心です。
家賃700ドルの1ベッドルームのアパートに引っ越しました。車も、オンボロのトーラスワゴンを3000ドル台で購入。ロスは極端な車社会なので、夫婦それぞれ一台ずつというのが普通ですが、ここは一台で辛抱。仕事もプライベートもこれ一台です。
1ベッドのアパートが、住居兼オフィスになりました。二人で生活する分には十分なスペースとも言えますが、在庫スペースが必要な仕事なので大変です。幸いだったのは、居住スペースは狭かったものの、1ベッドルームのアパートには不似合いなガレージと物置部屋が付いていたことです。これは助かりました。
こうして、リッチな駐在員から貧乏社長へ転身。他人からみれば気の毒に思えたかもしれませんが、今思い返しても、楽しくて充実していました。
理論的な見通しはまるでなかったのですが、一応の予測は、「駐在員時代にサイドビジネス的にやったときと比べ、専業なのだから倍の売り上げはいけるだろう。そうなれば、何とか食っていける。」でした。幸いこの予測は外れることなく、当初から生活には困らない収入を上げることができました。
今日のひと言
Are you in line? 並んでますか?
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 7:13 AM |
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カップラーメン October 18, 2006
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ロスにきてからも、時々夜食にカップラーメンを食べることがあります。こちらアメリカでも、日本メーカーのカップラーメンはどこにでも売っています。別に日系スーパーに行く必要もなく、お馴染みのブランドのカップ麺があるんですね。これが安い。49セントとかで売っていますが、箱売り特価品とかだと、1個あたり30セントくらいで買えたりします。デフレ日本でも、なかなかここまで安くないんじゃないでしょうか。
実はこれ、現地生産の製品で、外観は英語化されているくらいでほとんど同じです。しかし、中身は一見いっしょですが実はかなり違います。
最初は、関東と関西も味付けが違うらしいし、これがロスバージョンかと思いました。イマイチおいしくないな〜と思いつつも、カップ麺てそれほどおいしいものでもないよな、と納得していました。
ところが、先日日系スーパーで、$2.00 の日本製カップヌードルを買いました。これは高いと思いましたが、比べてみたくなったのです。これがうまいです。カップヌードルのエビってこんなにでかかったけ? 現地生産品の何倍も大きいです。肉玉、卵、ネギ、全て感激です。
こんなに違ったかな〜、と驚きでした。その分、値段が違うわけですけどね。
今日のひと言
Yum-yum. おいし〜!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 10:53 AM |
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退職時の日米の反応 October 17, 2006
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無事ビザも取得でき、トヨタテクニカルセンター・ロサンゼルスオフィスへの出社も最終日となりました。会社を辞める報告をした時は、「気でも狂ったか。」と言わんばかりだった副社長も最後は快く送り出してくれました。駐在員が帰任するときは、全社員を集めて30分ほどのケーキパーティーを行うのが恒例でした。私の場合は、事情が事情なので、これはないだろうと思っていましたが、ありがたいことに開催してくれました。
身近な部署の人は私の退社の事情を承知していましたが、よく知らない人もたくさんいました。そこで、挨拶の際には、ここアメリカで独立してMacのビジネスを始めるために退社すると言うことを英語で説明しました。
そこでの米国人の同僚達と日本人駐在員達の反応の違いには驚きました。米国人は皆、
「こっちで会社を作って独立するんだって?すごいじゃないか、Congratulation!」
と励ましの言葉をかけて、とても喜んでくれました。
日本人の反応は
「馬鹿なことをやったもんだ。」
「おまえはいいだろうが、奥さんがかわいそうだ。」
などなど。裏切り者には、かける言葉もないという態度の人もいました。ある程度予想はしていましたが、ここまで対照的だったのは予想以上でした。
日本にいたら、私は起業するなど思いも寄らなかったでしょう。なんだか、そんな雰囲気じゃないんですよ。こちらの雰囲気に触れて、起業の気持ちを強くしていった面があります。
そういえば、松井が巨人からヤンキースに移籍する際の言葉を思い出しました。
「何を言っても裏切り者と言われるかもしれないが、いつか松井は行ってよかったと思われるように頑張るしかない。」
わかるな〜、この気持ち。
今日のひと言
Hang in there! 頑張れ!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 10:33 AM |
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その後のトヨタテクニカルセンター October 16, 2006
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話は前後しますが、私がビザ手続きで焦っていた'99年5月頃、トヨタテクニカルセンター・ロサンゼルスでは青天の霹靂とでも言うべき発表がありました。
米国の拠点としては、ミシガン、アリゾナ、ロサンゼルスと3箇所あったのですが、このうちロサンゼルスオフィスを閉鎖し、ミシガンとアリゾナに吸収してしまうと言うのです。発表時から2年かけて順次移動していくと言うことでした。吸収合併の狙いは、拠点数を減らして、より効率的な開発を行おうというわけです。以前のエントリーでも書いたとおり、広いアメリカの拠点間の出張は大変でしたので、狙いはよくわかります。
こう言うとき日本だと「転勤と引っ越しが大変だ〜。」ってことになるんでしょうが、米国人スタッフの反応はかなり違いました。会社側も社員の心配は予想していて引っ越しの便宜を図るなどの用意をしていましたが、その程度では全く収まりません。「なんでそんな地の果てに〜〜」、という感じですね。
私がトヨタを去った後も、何度か当時の米国人同僚に会うことがありましたが、100名ほどの米国人スタッフはほぼ全員が辞めてしまい、移転する人はいなかったそうです。結局2年ほどの移行期間の間に、順次辞めていったそうで、結果的には職探しの期間となったわけです。
中途退職、中途採用が当たり前のアメリカの状況はそれまでも目の当たりにしていましたが、これにはちょっと驚きましたね。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 3:13 PM |
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美人弁護士の足蹴り October 13, 2006
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メキシコの領事館の待合室で待っている間も、昨日の模範回答がすらすら出てくるか、頭の中で再点検していました。そして、いよいよ自分の番です。
面接官は、膨大な書類の束に目を通し、いくつか弁護士に質問を投げかけました。もちろん、弁護士はそつなく答えます。そして、遂に私にも質問が・・・
面接官;「この会社はカリフォルニアにあるんですか?」
私; 「はい、カリフォルニアのTorrance Cityにあります。」
と答えた瞬間、足に激痛が・・・ なんと美人弁護士TLが私の足に蹴りを入れたのです。面接官と我々の間には仕切りがあるので、足の様子は面接官には見えません。可愛い顔して、なんで蹴っちゃうの?
前夜口を酸っぱくして言われたのが、質問された内容のみに答えるようにと言うこと。確かに、Torrance City の部分は質問されていないですね。でも、これもアウト?
幸い面接官は気にする様子もなく、TLへの質問を続けました。そして、面接はあっけなく終了。最後にTLがビザの期限は満額の5年間かどうか確認し、答えはYes.
やった〜!! しかし、昨夜の特訓は一体何だったんだ? ま〜、この際、これは良しとしましょう。
面接室を出ると、TLが再び足を蹴りました。
「質問されたこと以外、答えては駄目と言ったでしょ!」
でも、目は思いっきり笑っていました。
国境で交付されたばかりのビザにスタンプを押してもらって、ビザの手続きは全て完了。終わってみれば、全て良い方向に向かいましたが、会社に独立を宣言してからは、ギリギリの薄氷を踏む思いでした。
こうして半年以上に及んだ、ビザ取得プロジェクトは終了したのでした。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 12:32 PM |
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テキサスからメキシコへ October 12, 2006
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E-2ビザ取得の最終関門が、メキシコの領事館での面接です。99年の6月末、テキサスとの国境の街、 Ciudad Juarez の領事館へ行くことになりました。(現在は規定が変わり、日本人はメキシコの領事館で面接を受けることはできません。)
私と妻、そして美人弁護士のTLも付いてきてくれるのが心強いところ。面接の前日、テキサス側の国境の街、El Pasoに飛びました。国境の街だけあって、当然メキシコ系の住民が非常に多いです。TLとはEl Pasoのホテルで合流です。
面接の通知が来た段階で、書類上は問題がないと言うことであり、ビザ取得はほぼ大丈夫と言えます。とは言え、過去面接で不用意なことを言ってしまって、却下となったケースもあるそうで、TLはしきりに脅すわけです。そんなわけで、前夜はTLと一夜漬けの特訓になりました。
想定される質問に対しての模範回答をTLから授かります。質問には、端的にはっきりと答えなければなりません。英語が苦手なために考えながら言葉を選んでいると、嘘を付いているのではないかと思われることもあり、しっかり暗記しないといけません。(これは日常の会話でも気をつける必要があります。)
また、質問された内容にだけ答えて、余計なことは答えないというのも、口を酸っぱくして念を押されました。こうして暗唱特訓で夜は更けていきました。真剣そのものですから、英語の特訓としても、かなり有効だったと思います。
一夜明けて、車で国境を越えてCiudad Juarez へ。わずか20分ほどで領事館に到着しました。いざ、最後の決戦に臨みます。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 4:09 PM |
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思ってもみなかった通知 October 11, 2006
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私のとんだ誤算から2ヶ月以内に急遽ビザが必要になり、超特急でE-2ビザの申請と金策を行い、ホッとした6月中旬、一通の封書が届きました。
それは、な、なんと既に断念したはずのH-1B ビザの受理通知でした。その年度分の発給数には既に到達していると予想され、年度が変わる10月までビザ発給はないと思われていたのですが、ギリギリで間に合っていたのです。これで、すぐにもH1-Bビザの発給を受けることが可能になりました。
つまり、実は大急ぎでE-2の申請をすることも、必死に資本金の金策を行う必要もなく、最初の予定通りで全く問題なかったわけです。
では、E-2の申請は無駄だったかというと、H-1Bに比べ何かと有利な点が多いのです。H-1Bビザの有効期間は3年、1回のみ更新可能で最大6年です。E-2の有効期間は5年、そして何度でも更新可能です。この差は大きいですね。弁護士とも相談し、このH1-Bビザの権利は放棄し、E-2を取得することにしました。
結果論で言えば、最初からE-2狙いで行けば良かったことになります。そうは言っても、10万ドル必要と言われれば、なかなか決心できないし、どうしようもない状況に於かれて初めて有利な条件のビザの決心ができたわけですから、これで良かったような気がします。
あとは、6月末に迫った面接を無事にこなせば、晴れてアメリカでのビジネスを開始できることになります。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 4:09 PM |
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最後の頼りは・・・ October 10, 2006
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さて、話は99年5月頃に戻ります。
資本金10万ドルの捻出に苦労していたときに、追い打ちをかけるように住宅ローンの全額返済要求。ギリギリ資本金の目処は立ったものの、もうこれ以上は無理。こうなると頼れるところは、一つしかありません。お恥ずかしい話ですが、実家に相談するしかありませんでした。
実は独立に関しては、両親には一切相談していませんでした。大反対されるのが、目に見えているからです。だから、辞めた後に事後報告のつもりでした。私の両親は、「寄らば大樹の陰」が座右の銘というような、典型的な安定志向でした。ちなみに父は既に退職していましたが公務員。私がトヨタに入社したのをとても喜び、誇りに思っていたと思います。
電話で両親に相談すると、母は半狂乱。「いますぐ、会社に土下座して退職を取り消してもらいなさい。」と叫びました。父は本当に超安定志向な人だったので、大反対を覚悟していましたが、意外にもすぐに「いくら必要なんだ?」と言ってくれました。私の決意が固いと見て、やるだけやってみろと言ってくれました。
こうして、必要な返済費用は実家から借りることができました。この借金は今も毎月返済中です。
これで金策はできました。E-2ビザの申請も終わり、面接も思惑通り6月末にできることになりました。ギリギリセーフです。
これで、後は面接を待つだけ。そして6月になったある日、思いがけない通知が届きました。
今日のひと言
I always count on you. いつも頼りにしているよ。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 4:37 PM |
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Columbus Day October 9, 2006
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本日は、Columbus Day の祝日で私の運営するVintage Computer Inc. もお休みでした。日本では祝日というといっせいにお休みですが、アメリカでは必ずしもそうではありません。実際今日は、取引先もお休みでなかった会社が多かったみたいです。
Columbus Day は、もちろんコロンブスがアメリカ大陸を発見したのを祝う日ですが、ネイティブアメリカン(インディアン)にしてみれば、とてもお祝いの日とは言えないわけです。そんなわけで、デリケートな問題もあるので、民族的な意味合いの強い祝日は、大企業を中心に採用しない傾向にあります。
また、シンコ・デ・マヨと言えば、5月5日のメキシコの祝日(メキシコ軍がフランス軍に勝利した記念日)ですが、この日はロスでも大々的な祭典が開かれ、メキシコ系の会社やメキシコ系従業員の多い飲食店などお休みが多いです。他にも、ユダヤ系、アイルランド系、中国系にもアメリカで割と認知された祝日があります。
日本で最も重要な祝日と言えば、お正月の三が日ではないでしょうか。こちらアメリカでは、1月1日はNew Year Dayの祝日ですが、2日からはごく普通の日です。もちろん、うちの会社も通常通りお仕事です。日本人的には、ちょっと気分的に大変です。
そんなわけで、全米的な祝日ながら民族色や宗教色の関係で採否がまちまちな祝日があったり、民族独自の祝日があったりして、各会社のお休みはかなりまちまちです。
これも多民族国家、アメリカならではですね。
今日のひと言
take a day off. 休みを取る。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 8:07 PM |
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金がない! October 6, 2006
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さて、E2ビザの申請に必要な書類の方は、H1-Bで一度申請しただけあって比較的スムース。問題は、やっぱりお金。10万ドルの資本金が必要です。もともと、起業を考えていたわけですから、ある程度のお金は用意していました。そして、日本にあるあの預金を取り崩して、などなど考えるとギリギリ何とかなりそうです。ところが、このギリギリの状況で、追い打ちが・・・
会社で副社長から呼び出しがかかりました。
副社長;「おまえ、会社の住宅ローンがあるんだって?」
私; 「はい。」
副社長;「会社を辞めるまでに、完済するように。」
私; 「え、え〜〜〜?」
副社長;「なんだ、計画に入っていなかったのか?」
私; 「会社のプランと言っても、銀行から借りているので、一括で返す必要はないかと・・・」
副社長;「おまえ、そんな準備もできていないのに、独立なんていっているのか? とにかく後は銀行とよく相談するように。」
参りました。確かに会社の住宅ローンプランを利用していました。と言っても会社から借りているわけではなく、融資元はあくまで銀行。会社は利子補給をしてくれるだけです。(と言っても低金利時代突入で、ほとんど利子補給はありませんでした。) そんなわけで、利子が上がるとかそういう覚悟はあったのですが、まさか耳を揃えて返せとは。
早速銀行に連絡すると、一旦全額返してもらう必要があるが、次の就職先によっては借り換えも可能と言います。アメリカでパソコン販売の会社を始めます、と言ったところ、融資は全く無理、耳を揃えて返してもらうしかないと言います。さすがバブル崩壊後の貸し渋り状態、困りました。サラリーマンってこうやってガチガチに縛られているんですね。
先日のエントリーの「今にして思えば」風に言えば、銀行と交渉の余地も十分あったと思います。しかし、当時はもうこれで返すしかないと考えてしまいました。経験不足ですね。
ただでさえギリギリなのに、もう金がない。困りました。
今日のひと言
Ten bucks. 10ドル
ドルをdollarではなく、buck と言うことも多いです。米人になぜ? と聞きましたが、知らなかった。
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 4:00 PM |
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作戦大変更 October 5, 2006
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時は既に99年 5月。6月いっぱいで、駐在員としてもらっていたビザは失効。このままでは、新生したH-1ビザの取得も大ピンチ。この絶体絶命の状況で、美人弁護士 TLが出した答えはE2ビザの取得でした。
E2 ビザは投資家ビザと呼ばれます。アメリカで相応の投資をしてビジネスを行う人に発給されるビザです。私は、起業を行うわけですから、設立する会社に相応の投資をすれば良い訳です。どのくらいの投資が必要かは業種によっても異なりますが、当時の大体の相場が10万ドルでした。つまり新設立の会社の資本金が10万ドルあれば良いわけです。資本金ですからとりあえず用意できれば良いわけで、使う必要はないわけです。
E2ビザは、メキシコの大使館でも面接を受けて発給を受ける事が可能でした。移民局を経由しないため、非常にスピーディーな取得も可能です。大使館によって、スピードもかなり違うそうです。この点は、弁護士が最速の大使館を選んでくれます。(現在では、日本人がメキシコで取得する事は、不可能になっています。)
E2ビザは5年間有効で、何度でも更新可能と、既に申請を行ったH-1ビザよりもずいぶん有利です。しかも、H-1では実質自分の会社を名目上義姉にオーナーになってもらってとグレーとも思える手法でしたが、E2ならまさに正攻法です。
とにかく、急ぎに急いで再申請を行い、6月中に取得してしまおうという作戦です。10万ドルは大金ではありますが、事ここに至ってはやるしかないです。とにかく金策。そして、新たに申請に必要な書類を超特急でそろえます。あ〜〜〜、忙しい!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 7:10 PM |
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今にして思えば October 3, 2006
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会社に早めに独立を宣言して墓穴を掘ってしまったという話、皆様はいかが思われたでしょうか。
そうなる可能性があるのは、明か。馬鹿じゃないの? と思った方もいらっしゃるでしょう。また、会社のためを思っての行動なのに、会社は冷たい。と思った方もいらっしゃるでしょう。
今にして思うと、馬鹿じゃないの?って我ながら思います。今だったら、辞める直前に報告するでしょう。それがアメリカの流儀だからです。アメリカの会社では、解雇もあります。この場合、上司から解雇を告げられ、身の回りの整理のみして2時間以内に会社を出るようにと言われることも珍しくありません。また、会社の重要書類などを持ち出さないように、身の回りの整理も監視付きとなる場合もあります。独立を理由に辞めるようなケースも、同様だったり、簡単な引き継ぎのみで辞めるケースが大半です。
私の在籍したトヨタテクニカルセンターは、日系とはいえ、れっきとした米国企業。そうなることは、良く考えれば明かです。2か月間の猶予をくれたのは、やはりアメリカ企業になりきれていないためとも言えるでしょう。
また、「会社のためを思っての行動なのに」というのも、もっともです。独立後はそれなりに揉まれてきましたので、今だったらその点を突いて、少しでも在籍を延ばしたり、日本への帰国をしないよう交渉したと思います。しかし、当時の私においては、会社の命令は絶対。独立を前にしてもそう思っているんですから、不思議なものです。
後日談としては、予定通りに6月いっぱいで駐在を終了し、後任が来たのは9月になってから。2ヶ月以上は、私がいたポストは空いてしまいました。サラリーマンなんて、自分が心配しなくても替えはいくらでもいるわけなんですが、この間はかなり機能不全に陥ってしまったのではないかと思います。
さて、いずれにしても駐在終了まで2ヶ月弱。すぐに首を切られなかったのは、逆に幸いでもありました。このピンチ、10万ドルがあれば解決するのか?
今日のひと言
in retrospect 今にして思えば
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 2:55 PM |
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絶体絶命! October 2, 2006
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6月30日より開始したこのブログ。気がつくと、英語タウンとのお約束の3ヶ月をクリアしていました。それでは、これにてお別れ・・・ なんてことはしませんので、もうしばらくお付き合いください。
人事部から出た結論は、99年6月いっぱいで駐在を終了し、一旦日本に帰任して7月に日本で退社するように、ということでした。6月いっぱいって、あと2ヶ月しかないじゃないですか!なるべく会社に迷惑をかけないようにと、年末退社を早めに宣言したのですが、完全に裏目に出ました。
ビザが下りる見通しが早くて10月。会社を辞めてしまうと、これまで持っていたLビザは無効になるのか? てことは、その間アメリカには滞在できない? それとも、観光ビザで再入国すればよいのか? 考えても始まらないので、すぐに弁護士に相談です。
その頃、私の担当は、スティーブからTLという美人弁護士に代わっていました。早速事情を説明すると、
「なんてバカなことしちゃったの!」
と怒られてしまいました。
TL; 「とにかく、日本には帰らないように。」
私; 「そんなこといわれても、7月には絶対帰らないといけないんですよ。」
TL; 「電話では埒があかないから、すぐにこっちに来るように。」
ってことで、早速オフィスに相談に向かいました。改めて状況を説明すると、非常にまずいということでした。このままでは、ビザも下りなくなってしまうと言うことです。
そんな〜、最悪の状況です。このまま日本に帰ってしまうと、無職になってしまいます。
私; 「TL様〜、何とかなりませんか?」
TL; 「う〜〜〜ん、ギリギリ何とかなるかも。」
私; 「え、本当?」
TL; 「まず、借金でも何でも良いから10万ドル用意しなさい。」
え?10万ドル? そういえば、最初に相談したときも、10万ドル用意できるかって話がありました。その時は、難しいってことでボツになったんですが、その話が再度持ち上がってきました。
今日のひと言
Catch-22! 絶体絶命!
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| 投稿者: 武藤 秀毅 日時: 2:20 PM |
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